2010「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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大手予備校を何校か見学、息子が選んだのは北予備でした
 勝因は北予備。今そう思い感謝の気持ちで一杯です。
 『不合格』――息子からその一言だけのメールを受け取った一年前。併願校は合格していましたが、第一志望校に再度挑戦すると、きっぱり。その考えは良しと思うものの問題は彼の自己管理能力。毎日コツコツと膨大な勉強を自ら続けることができるのか?合格校に進む方が賢明ではないかと悩んだ末、息子の意志を尊重し、彼を信じ、応援することにしました。
 そこで最初の課題は予備校選び。新設校舎や行き届いた設備、カラフルで膨大な量のテキスト等を誇る大手予備校を何校か見学、説明を伺った後、息子が選んだのは自宅から通学に一番時間のかかる北九州予備校でした。私自身も、対応されたチューターのお話には他校にはない多くの感じるものがありました。
 そして始まった浪人生活。それまでマイナスイメージだった『浪人』という言葉も今ではプラスイメージに転じています。息子の話の端々から授業の楽しさが感じられましたし、自らが甘かった高校時代に比べ、確実に力を蓄えているように見えました。
 面談では毎回團野チューターの容赦ない切り込みに苦笑しながらも、的を射てあるだけに現実を受け取めることが出来、本人には奮起の材料になったことと思います。
 自宅では懸命に勉強しているようには見えず不安になることもありましたが、こうして合格通知を手にしている今、北予備の授業、カリキュラムが、絶対的に信じていれば間違いのないものだと痛感しています。彼が一年を通して一番頑張ったことは、欠席も遅刻もなく毎日余裕をもって通学することでしたから。
 『北予備を信じて』という言葉を信じて見守ってきた一年。この勝利に導いて下さった講師の先生方、團野チューター、そして校長先生はじめスタッフの方々に心より感謝申し上げます。
 
九州大学(法)合格 T・A君(福岡・西南学院高校卒)のお母さん
 
「北予備を選んだ娘さんはやる気ですね!大丈夫ですよ!」
 四年前、自宅から電車を乗り継ぎ一時間半以上かけて通学する高校に進んだ娘。強い意志と「好きな学校だから」という思いが彼女を支えたのだと思います。頑張り屋の娘だから、そのまま希望の大学に進めるだろうと思っておりました。しかし、センター試験で思うような結果が出せず、進学出来ませんでした。「一年浪人させて下さい」と父親に頼み、福岡市内の有名予備校を一つひとつ見学し、娘が選んだのが北九州予備校博多駅校でした。これまでほとんど塾通いをした経験のない娘から「現役時代と同じように学習できる北予備にした」と報告がありました。予備校の知識がなかった私達夫婦でしたが、知人は「北九州予備校を選んだお嬢さんはやる気ですね!大丈夫ですよ!」と仰っていました。
 私にとっては、高校に通っていた時より、朝は遅い電車で、助かりましたが、帰りが十時を過ぎるので、心配でした。夕食も家族一緒に取ることが出来ず、寂しい毎日でしたが、私に出来ることは「しっかり食べさせること、リラックスできる空間づくりをすること」と思い、一年間過ごしました。
 大好きな講師の先生方の授業を受けていくうちに笑顔が増えていきました。娘の話を聞いて、私も授業を受けてみたいという気にさえなりました。日本史、英語、数学、国語…どの先生方も素敵な先生だったそうです。クラスのお友達にも恵まれ、娘の負けん気を刺激して下さったチューターさん、苦しい中にも楽しい充実した時間を過ごせた一年間だったようです。
 そして迎えたセンター試験。北予備から送られてくるメール、雪の降る寒い中、北予備のスタッフの方々が会場に来て下さり、励まして下さっている姿を見た時、思わず涙が出ました。センター試験の結果は、ずいぶんと点数を伸ばしていました。私大も希望の国立大にも合格し、この春、娘にたくさんの花が咲きました。支えて下さったすべての皆様に感謝しています。娘のガンバリに柏手!
 
神戸大学(経営)合格 K・Nさん(福岡・西南学院高校卒)のお母さん
 
娘は寮の友人達と毎朝5時に起こしあいながら頑張った
 受験番号を握りしめ、パソコンで番号を見つけたときは本当に驚きました。
 まさか北予備で過ごした八ヵ月で合格するとは思ってもみなかったからです。
 慌ててチューターに連絡を取り、番号が間違っていないか確認しました。チューターも相当びっくり!!されていたと思います。
 その後、娘から涙の電話で大喜びしました。
 土日も休まずコツコツと頑張ってきた“努力は実る”そう思えた瞬間でした。
 幼稚園の頃から医師になりたいと夢を語っていましたが、高校での成績は目標まで届かず、良い判定を出す事なく不合格……。
 高校の担任の勧めもあり、すぐに北予備を見学しに行きました。
 丁寧な説明と、すごく感じの良い寮母さん、ここなら安心して娘をお願いできると確信しました。
 入寮してからの数ヵ月は本当に寂しく、毎晩、枕元に合格体験記を置いては、うちの娘も来年には、皆と同じように合格を手にするんだ!!と願わずにはいられませんでした。
 秋になり、成績は思うように上がらなかったので、このままで大丈夫なのだろうか?と不安がこみ上げてきました。もっとも本人が一番辛かったと思います。
 寮の友人達と毎朝五時に起こしあいながら、各自の部屋で自習をする。同じ目標を持つ友人がいたからこそ、娘も弱音を吐かずに頑張れたのでしょう。
 北予備での素晴らしい環境と先生や西チューターの励まし、愛情ある佐藤寮長・寮母さん方の支えがなければ、合格を勝ち取る事はできなかったと思います。
 思い出深い経験と私の夢を叶えてくださった皆様、本当にお世話になりました、ありがとうございます。
 
産業医科大学(医―医)推薦合格 S・Kさん(福岡・筑紫台高校卒)のお母さん
 
北予備がこんなに楽しいなんて… と娘
 去年二月二十五日、前期記述試験終了。娘は泣きながら会場を出て来ました。それでももしかしたらと藁にもすがる思いで、三月十日の発表を待ちました。結果は不合格。後期試験を二日後に控えて、行きたくない大学なんて受けたくないと泣き叫ぶ娘に「行かなくて良い、長い人生寄り道していいよ。でも現実を受け止めて自分の力ではい上がらないとずっと悲しいままだよ」と言い聞かせ、後期試験を受けに連れて行きました。
 しかし、一方で予備校を捜さないといけないとインターネットで調べて、まず北九州予備校熊本校に電話をしました。その時応対して下さったチューターが有吉チューターでした。親身に話を聞いて下さり、どれほど力を頂いたか。後期に合格して娘はすっかり吹っ切れたようで以前の笑顔を取り戻し、後一年必ず頑張るから浪人したいと言いました。私は娘が自分の口から言うのを待っていましたので、「うん。頑張ろうね」と励まし二人で熊本へ行き北予備を尋ねました。有吉チューターと会い、北予備に決めました。
 娘を送り出す時、寂しさと悲しさで本当にきつかった。でも母が泣いてはいけない、笑っていないと、と言い聞かせ、笑ってまたねと別れました。帰りの高速バスで有田に着くまで泣きました。娘も頑張っていくのだから私も頑張らなくては。月に一度熊本へ行って娘の顔を見る事だけを楽しみに、一生懸命仕事を頑張りました。
 娘は良い友達に出会い、クラスの片山チューターもすごい良い先生で「北予備がこんなに楽しいなんて。勉強が大好きになったよ、浪人して良かったよ」と毎回会う度に、娘がすっごく楽しそうに話すのを見て、北予備に預けてよかったと、嬉しく思いました。
 今年は受けた大学全て合格、喜びが何倍にもなって返って来ました。北予備の片山チューター、有吉チューター、先生方、一緒に頑張ってきたお友達、ありがとうございました。
 
熊本大学(薬―創薬・生命薬科)合格 M・Fさん(佐賀・武雄高校卒)のお母さん
 
高校の恩師や進学校の友人の助言で北予備+寮
 掲示板の前の群集の中から出て来た息子は、紅潮した笑顔で一言「うかった!」と力強く言いました。その一言をどんなに聞きたかったか、私と妻は涙と笑顔でぐしゃぐしゃになって喜びを分かち合いました。
 思えば、一年前のこの時期には、目標とはほど遠いセンター試験の点数だったため、すでに予備校選びをしていました。
 息子の高校の恩師や地元の進学校で教鞭を執る友人に相談した所、北予備の寮は厳しいけれど、勉強だけに集中できる環境が整っている。ここで頑張り抜くことができれば高い目標も突破できるかもしれないと、助言をもらいました。実際に説明を聞きに行った時には、後期試験に向けて真剣に勉強している学生さんもいて、案内していただいた先生の説明にも納得できて、医学部を目指す同志が多く集まる一心学寮に入ることが決まりました。
 四月からは親元を離れ、寮での浪人生活が始まり、親としては、寮での生活はうまくやれているのだろうか、ちゃんと勉強できているのだろうか、と心配でなりませんでした。しかし、休日に面会に行く度に、頼りなかった息子が活き活きとして、やる気を高めて頑張って生活している様子が伝わってくる様になりました。
 学力は一足飛びには伸びませんでしたが、本番のセンター試験では目標にしてきた点数が取れて、二次試験でもやる気が高まり頑張れた様です。
 今こうして大学入学の準備に忙しくできるのは、教務の先生方と毎日激励をいただいた田布施寮長、スタッフ様、寮生活での仲間からいただいた頑張る気持ちと、最後まであきらめないで努力を続けた息子のおかげだと思います。
 何事にも替え難い感激に感謝しています。
 ありがとうございました。
 
佐賀大学(医―医)合格 N・N君(佐賀・清和高校卒)のお父さん