2011「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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「北予備以外はダメ」…「北予備で良かった!」
 親の一番の喜びは、子供の笑顔です。この一年間、頑張っている息子に、追い討ちをかける様に「頑張れ」と励ましているつもりの自分に無力さを感じてきました。いろいろな予備校の話を聞き、北予備を勧めたのは、私です。息子は、誰に似たのか(笑)、究極ののんびり屋で、楽な道を行こうとする怠け者です。中高一貫校に通いましたが、高等部になり、学校にも寮生活にも慣れ努力をしていませんでした。受験を甘くみていたせいで、志望校に落ち、浪人生となりました。規則の厳しくない予備校を希望しましたが、性格が判るがゆえに、「北予備以外はダメだ」と告げ、話し合い納得させました。しかし、親の気持ちも複雑で、はたして、頑張り抜けるだろうかと不安も抱えながらの送り出しでした。
 二ヵ月後、初めて寮参観に行き、規則正しい生活の中で、楽しく過ごしている姿を見て、一気に不安も消え安心しました。様々な細かい事まで目がゆき届き、何よりも先生の話を聞く目の真剣さに驚きました。夕食、朝食と一緒に食べながら、食事も美味しいと言う息子の笑顔が嬉しく、来年の桜の季節にこの笑顔が見られたらと思いました。しかし、性格は、すぐに変わるものではなく、やはり他の寮生の方と比べるとのんびりしていると感じました。でも、担任の先生は、性格もよく見抜かれていて、色々と相談にのってくださり、アドバイスやプレッシャーをかけ、頑張る力を与えて下さいました。
 年が明け、国立大の二次試験が終わり、いよいよ合格発表の日、常にクールな息子が、びっくりする程大声で「受かった」を繰り返し、満ち溢れる笑顔を見せてくれました。携帯禁止・友達ともさほど遊べず、規則正しい生活をし、毎日コツコツと一生懸命勉強する。浪人生として、当たり前でも、凄く大変な事だと思います。北予備だからこそ出来た、北予備で良かったと心から思えた日、あの日の息子の笑顔は私の一生の宝物となりました。
 
大分大学(医―医)合格 Y・N君(長崎・青雲高校卒)のお母さん
 
寮長から毎月頂くお手紙にいつも励まされました
 「必ず医師になる」。これが娘の強い思いでした。しかし、その思いは現実の高い壁に阻まれ、再度の挑戦に備え北九州予備校・小倉駅校を迷わず選択いたしました。北予備には学習に集中できる厳格な校風がある上、寮に入ることで退路を断って受験に臨めるからでした。また、成績に応じたクラス編成がなされるため、学力養成に最適の環境であることも魅力でした。
 この度、第一志望校に前期試験で合格できましたことは、ひとえに萩尾チューター、諸先生方、若葉寮のスタッフの皆様のおかげです。萩尾チューターには、学力の的確な分析のみならず、人として今をどう考え、受験に臨むべきかを娘に教えていただきました。
 センター試験から二次試験にかけて、最高のモチベーションを維持できたと思います。また、若葉寮の久保寮長から毎月いただくお手紙(寮長所感)に、いつも私自身が励ましを頂いておりました。
合格には娘自身の努力もありますが、このような目に見えないお心遣いによって、辛い時や苦しい時、娘は支えていただいたと確信しています。受験に臨み、娘は「自分を応援し、支えてくれているみんなのために頑張る」と言えるようになっていました。これは高校生の時には口にしたことがなかった言葉でした。
 学力のみならず、寮生活の中で人間的にも、ひと廻り大きく成長してくれた事が何より嬉しく、この一年間の糧を人生の礎として更に羽ばたいてくれるものと信じています。
 一年間、「努力は実る」の言葉の下、熱意と真心のこもったご指導、本当にありがとうございました。
 
佐賀大学(医―医)合格 M・Yさん(長崎・青雲高校卒)のお父さん
 
365日息子の心によりそってくれた先生方のおかげです
 「十時発表だったよね。 ○でも ×でも大丈夫だからメールしてね。いってきます」。三月八日の朝七時に、まだ布団にもぐったままの息子に、私はこう声をかけた。息子はコクリとうなずくと、また布団にモソモソともぐっていった。昼十二時半。「お母さん、合格したよ、うかったよ!やったー!ウォー!」。人間とも獣ともつかぬ雄たけびが、電話のむこうから力強くきこえてきた。奇しくも息子は今回で四度目の発表の日!!
をむかえていたのだ。たまりにたまった感情が、今一気に噴き出したという感じだ。叫べ叫べ!跳べ跳べ!思う存分体中で喜べ!電話の向こうは、私の父や母も一緒になって何か叫んでいる。お父さんお母さん本当にありがとう。両親は最初の一年間自宅から北予備に通わせ、世話をして支えてくれた恩人なのだ。
 私は、正直に告白しよう。この四年間、全く不安も焦りも感じることはなかった。「人生、何が起きても全て○(マル)」と思って生きているからだ。体験はすばらしい。どんな教師や本よりも多くの事を教えてくれる。成功したか失敗したかなんて誰が決めるのだろう。本人が、この体験をどれだけ糧にして、これからをどう生きていくかということが大切なのだ。○(マル)にするか×(バツ)にするかは、自分自身の行動で変化させるのだ。そんな意味で息子は、この四年間、北予備を信頼し歩き続け、成功へと自らの手で導いたと思う。息子と、その扉を開け続けてくださった北予備に感謝をおくりたい。不合格のたびに「こんなにも一生懸命指導してくださったのに申し訳ありません」と先生のまっすぐな眼を見て思っていた。
 とうとう息子は桜を咲かせましたよ、先生!三百六十五日息子の心によりそって励まし、支えてくださった先生方のおかげです。本当にありがとう。たった一輪の花ですが、私たちにとっては大輪の花!どうぞ北予備に飾ってやって下さい。四年間、本当にありがとうございました。北予備万歳!Y万歳!!
 
鹿児島大学(農―獣医)合格 Y・T君(長崎・青雲高校卒)のお母さん
 
本気の予備校、北予備こそ合格への一番の近道
 昨年の娘の長崎大学医学部不合格の後、予備校として北九州予備校を選んだことは間違いがなかったこと、そしてそのことにより合格できたのだと確信しています。特に蛍雪寮で生活し北九州予備校に通えた学習環境は最高だったと思います。
 昨年は、センター試験の点数が取れず、予想通り不合格となりました。その時に、親と娘はこれから一年間、どの予備校に入って勉強するか話し合いをしました。とにかくこの一年間で勝負することを親子で確認して、親子三人で数校の博多の予備校を訪問して、私も娘も北九州予備校の寮に入っての勉強が一番の近道だと思いました。その時に説明していただいた職員の方の話を聞いた後にそれを強く感じたのです。まさにこの時が分かれ道で合格の道が開けてきたのです。繰り返しになりますが、その時に決めたことは間違いがなかったのです。
 私は北九州予備校の方針が携帯電話禁止、茶髪禁止というのが本気だと思いました。他の予備校ではないことです。北九州予備校は、合格させるために本気で、実績通りの考え方だと直感しました。今の世の中は青少年にとって勉強できる環境が難しくなっています。便利な世の中になり、いろいろな誘惑がありすぎて目標に向かってまじめに一生懸命勉強しようと思っても難しい時代となっています。北九州予備校に出会い、集中して勉強できて、そして願望であった医学部に合格できた娘の一年間は幸せだったと思います。これからの人生できつい時とか分かれ道がまだあると思います。本気さで北九州予備校を選んだこと、そして集中して勉強したことを思い出して今後に生かしてほしいと思います。
 北九州予備校の蛍雪寮の寮長さん、そしてチューターの方々、いろいろなアドバイスをはじめご指導ありがとうございました。合格できたことに厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
 
長崎大学(医―医)推薦合格 Y・Uさん(長崎・青雲高校卒)のお父さん
 
「絶対医師になる」。娘の決意を実現してくれた「フェリックス」
 「努力は実る」。まさに娘の努力は実りました。感謝の気持ちでいっぱいです。現役時代に受けた大学は全滅状態で、失意のどん底でした。周囲の「薬学にしたら」の声が多い中、「絶対医師になる」という娘の決意を見た瞬間、「この子の夢を叶えてあげたい」と夫婦の気持ちも固まりました。心配な面は学力でした。医師をめざす予備校で皆についていけるだろうか。それを解決してくれたのが「フェリックス」でした。
 全ての講義が少人数の中、熱心な講師の先生により直接行われています。分からない所はとことん分かるまで教えて頂きました。特に物理では学力がついてなかったため、何回も質問し困らせたのではと思います。確実に学力がつきました。大山チューターには常に「勉強方法」を導いて頂き、校長先生には面接の指導をしてもらいました。その中で、いつも優しく励ましてくださった事務室の皆様をはじめ、たくさんの先生方の愛情とご指導の中、夢を実現することができました。
 試験本番前には体調を崩し、寮長・寮母さんには大変お世話になりました。自治医科大学受験当日、インフルエンザの高熱の中、諦めて帰ろうと促す私に「今までの努力が無駄になる。負けられない」と最後まで頑張りぬきました。まさに「最後の一秒まで粘り抜け!」フェリックスの魂が叩きこまれていました。この魂が娘の心の支えだったと思います。その後、無事に第一志望である長崎大学に合格することができました。
 最後に、「回り道、振り返れば、一本道」 ……大山チューターから教わった数々の言葉(メッセージ)が、我が家の目につく所に貼ってあります。中には、財布の中にお守りのように入れてあるようです。フェリックス、中島寮は一生忘れられない母校となりました。本当に良かったと深く感謝しております。
 有り難うございました。
 
長崎大学(医―医)推薦合格 M・Aさん(長崎・島原高校卒)のお母さん