2012「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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「医学部に行きたい」と娘。“これはエライ事になった”!
この度、娘が福岡大医学部に正規合格でき夢のようです。思いを返せば高二の冬、鬱々とする娘の重い口から「医学部に行きたい」と言われた時には“これはエライ事になった”と思いました。当時偏差値は40。一年間一対一の塾に週四回通い、それなりに頑張り偏差値53まで。私立の歯学部に合格しました。父親は「これで良いではないか」と。しかし、娘は寝込みがちでスッキリしない様子。かと言って浪人した所で、一年間しっかり通学しても成績が上がるとは思えませんでした。そんな時、川崎医大の前で渡された北予備のパンフ。「ここは他とはちがう」と直感しました。しかし、娘として大変な決心をして入寮したと思います。父親は「勘当だ」と言い出したので。
入寮してからは寮長さん寮母さんの厳しくも温かい生活指導や美味しい食事。三友チューターはじめ多くのスタッフ、講師の方達に支えれれて、当初「午前中は頭が眠っている」と言っていた娘も、気が付けば一時限も休む事なく皆勤で最後まで過ごす事ができました。親のした事は毎晩数分かけてくる電話に、すぐ出る事だけでした。それも福大受験直前には全くなくなり、集中力の高まりを感じました。
偏差値としては秋以降もあまり伸びず、センターも七割そこそこ。金沢、川崎と医大を立て続け落ちたので、本当に辛かったと思いますが、気持ちが折れずに最後まで良く頑張りました。受験を体験しながら問題点をチェックして乗り越えてくれました。チューターのバックアップは万全でした。「受験は成績順に受かる訳ではない。受かりたい気持ちが強い方が勝つ」と、手紙に書いて送りました。
また、面接は究極には相手(面接官)やその“場”への感謝の気持ちを忘れない事だと思います。それも北予備での毎日の生活、受験までの細かい配慮の賜と思います。
本当に北予備はすばらしいと思います。
一年間ありがとうございました。
 
福岡大学(医―医)合格 M・Tさん(愛知・南山高校卒)のお母さん
 
「息子は日本一勉強した。合格しないはずはない」
「努力は実る」
「努力は人を裏切らない」
「息子は日本一勉強した。合格しないはずはない」
これらの言葉を胸に、合格発表の日を迎えました。三月七日、待ちに待った連絡を受けました。岡山大学医学部合格。息子の夢がついに叶えられた一日でした。
思えば、昨年の四月二日に山口校専心寮に入寮して以来、人生でこれ程勉強したことがないと言える程頑張ったと聞いております。これは本人の努力にもよりますが、共に団体戦を戦ったクラスや寮の仲間、空寮長・寮母様、寮スタッフ様、石井チューター、北予備の皆様のご指導によるところが大きいと考えております。
勉強する最適の環境と寮での規則正しい生活が無ければ、合格は実現しませんでした。私は寮宿泊体験を通してそのことを強く感じました。北予備の授業プラス寮の必習自習、努力を実らせる環境がありました。
医学部に合格したとは言え、医者になるためのスタートラインに立ったに過ぎません。これから種々の困難に立向かう時が来るでしょう。そんな時、北予備で過ごした一年を思い出してもらいたいと思います。息子の成長を肌で感じ、北予備での一年は、本人にとって今後の人生の糧となる貴重な浪人生活であったと確信しています。
北予備の皆様、本当に有り難うございました。
  
岡山大学(医―医)合格 T・H君(広島・基町高校卒)のお父さん
 
息子は自分の甘さを北予備で思い知らされたと、目を輝かせて言った
高校生の時は、バスケット部に所属しており、部長を務めながら毎日過ごしていました。常に頭はバスケの事で一杯だった中、将来は医者になるんだという志は強く持ち、それは揺るがないものとなっていました。勉強の積み重ね日々することがなかった息子に、医学部合格という実力はなく浪人決定となった時に、高校担任の先生に北予備を勧めてもらいました。雑念を捨て朝から晩まで勉強するという環境と知り、自分が過ごすところはここだと迷うことなく決めたようです。
北予備の入学式で久しぶりに会った時は、去年までの息子とは違っていました。式典後共に昼食をとった際に「こんなことをしている時間が勿体ない。早く自習室へ行きたい」と言うのを聞いた時、北予備にして良かったと初めて思いました。それから月一度、息子の生活状況、成績をチューターが送ってくださり、休むことなく頑張っている息子に感動しました。これも北予備の皆様が生徒ひとりひとりを励まし、指導してくださっているおかげだと感謝しました。リフレッシュウィークで帰省した時は、寮で知りあった友人は一生の友になると話してくれ、お互いに励まし合いながら切磋琢磨している様子がよく伝わってきました。
現役時代、いかに自分の考えが甘かったかを北予備で思い知らされたと、目を輝かせて語っていた息子は前進あるのみ、絶対合格という強い思いを持ち、しっかりとした自覚がそこにありました。「春からの日々の積み重ねで、秋頃から成績が伸びてきます」という先生方のお言葉通り、息子もそうなってきていました。そのような中、推薦を受けたいと本人から聞き、挑戦することが決定し、見事合格することが出来ました。一年前までの受験に対する考えを見事に払拭出来たのは、北予備の皆様のおかげだと家族一同感謝しております。 「努力は実る」と信じ、北予備で過ごした日々は息子の宝となりました。本当にありがとうございました。
 
川崎医科大学(医―医)推薦合格 T・T君(広島・広島新庄高校卒)のお母さん
 
「北予備に来ませんか」あの一本の電話に本当に感謝している
「うちに来ませんか」。昨年三月、我が家に掛かってきた一本の電話が、今日の喜びをもたらしてくれた。北予備小倉駅校の事務長からの電話だった。
息子は当時、国立大の前、後期とも不合格になり、「どの予備校に行こうか」と思案していた。広島市や大阪市にある大手予備校に通うことも検討していた最中だった。
どの大学からも入学を断られた中で、唯一の入校の誘いが北予備だった。この電話が息子の背中を後押したのだろう。「僕は小倉で頑張ってみる」と、初めてとなる寮生活を自ら決断した。父親としては当然、心配が先に立ったが、息子は「一年で絶対に志望校に合格して寮を出る」と宣言。この息子の決意に賭けてみることにした。
入校後は妻と一緒に毎月、広島から小倉まで車で通い、息子に会いに行った。息子は最初こそは慣れない寮生活からか、別れ際に涙目を見せていた。しかし、半年たった九月から模試の成績が目に見えてアップ。会う度に自信に溢れた顔つきに変わっていった。
年明けには、防衛医科大学校の正規合格を勝ち取った。センター試験では目標としていた九割以上の得点を取り、自信を持って岡山大学医学部の入試に臨むことができた。これも毎日、夕食後に寮の仲間とともに自習を積み重ね、基礎力を養う勉強方法が正しかったことの証明だろう。「努力は実る」である。
息子は今、岡山に住み、毎日楽しくキャンパスに通っている。友人、先輩に恵まれ、サークル活動にも忙しい。この夏には、北アルプスにある三俣山荘まで行き、岡山大学の夏山診療班の一員としてボランティア活動に勤しむ予定である。
こうした息子の充実した学生生活をかなえてくれたのは、西チューターをはじめ、北予備の講師陣のお陰であることはいうまでもない。そしてあの一本の電話本当に感謝している。
 
岡山大学(医―医)合格 SM君(広島・広島大附属高校卒)のお父さん
 
京都の大手予備校で2浪してフェリックスに入り医学部合格
このたびは一年間お世話になりありがとうございました。古賀先生、講師の先生方、そして学志寮の寮長・寮母様には大変お世話になりました。
高校三年のとき、自分の成績を顧みず医学部を目指すと言って以来、長い受験生活が始まりました。二年間、京都の大手予備校で過ごしました。二浪の受験前の懇談で、クラス担任があまりにも本人のことを把握していなかったので、本人の意に反して、少人数で、もっと先生と距離が近いところを探し、北予備のフェリックス校に入れていただきました。
入学当初、勉強時間が詰まっていて、時間に追われるようでしたが、毎週のレポートでがんばっていることがわかりました途中、成績の上がり下がりが激しく、秋には明らかに元気がなく心配しました。その流れか、センター試験もあまりできなくて、医学部以外も考えないといけないかと古賀先生にご相談したら、きっぱりと大丈夫と言われました。一月後半から私立の受験が始まり、一次合格するようになり、幸運にも希望の大学に合格できました。
この一年間、慣れるということはすごいことで、勉強が体に染みついたのでしょうか、私立の受験に出かけた際、空いた時間をその市の図書館で一日勉強したとのことでした。集中して取り組む、自分に関わる人を信頼する、自分を信じることを学んだこと、そして、優しくて立派な方々とお会いできたことが、大きな収穫だったと思います。
本人から聞いたのですが、授業の途中の休み時間に寮に戻った時、夕食準備前に寮母さんをはじめ職員の方々が心をこめて食事を作ろうと、声を合わせておられたと聞いて感銘を受けました。真面目に何か目標を口に出すことがかっこ悪いと思われがちですが、「来年は合格する」ということを、口に出し、文章にし、言葉の力を信じることが大切だと思います。
 
久留米大学(医―医)合格 TK君(島根・出雲高校卒)のお父さん