2012「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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「浪人して良かった。素晴らしい仲間に会う事が出来て良かった」
二月七日、私大受験の帰りの新幹線の中で、合格した事を知りました。
寮長に、帰り着く時間を知らせる為に電話を掛けた時に、「合格おめでとう」と言われたそうです。デッキから座席に戻って来て、「私、推薦に受かったみたい」。その時の娘の言葉です。娘は小倉で降りて、寮へ帰って行きました。次の日、フェリックスへ行くと、講師の方々や友達から「おめでとう」と声を掛けられて、徐々に実感が湧いてきたそうです。
一年前「寮に入って頑張りたい」と言う娘の希望で、少人数制のフェリックス校を選びました。質問にきめ細やかに対応していただけるのでは、と思ったからです。
毎週、生活面、授業の面での報告を受け取る事ができて良かったです。質問も時間を充分にとって下さり、疑問点を一つ一つ解決していく事ができて良かったという娘の言葉で、フェリックス校を選んで良かったと、満足しています。 若葉寮の久保寮長・寮母さんスタッフの皆さん、そして三十一名の寮の仲間に出会えた事は、娘の一生の財産になるのではないかと思っています。本人の「浪人して良かった。素晴らしい仲間に会う事が出来て良かった」という言葉は、親としてなによりも嬉しく思っています。娘もよく頑張りました。
それも、これも、フェリックス校の皆様のおかげです。そして、若葉寮全員の皆様のおかげです。
フェリックス校を選んで良かった。若葉寮へ入れて良かったと、感謝しています。
ありがとうございました。
 
山口大学(医―医)推薦合格 MSさん(福岡・筑紫丘高校卒)のお母さん
 
「生活の甘さ」を涙で悔やんだ娘。再出発は北予備で
現役時代、本人としては結構根をつめて学習したという思いがあったのでしょう。第一志望を絞り込み、センター、前期、後期と試験にのぞみましたが、メンタル面の弱さから、実力を発揮するまでもなく、不合格。後期試験合格発表に自分の番号が無かった事で相当落ち込んでいましたが、辛さも日が経てば薄れていくと思い、その日のうちに、これからどうするのかを話し合いました。「生活の甘さ」を指摘すると、くやしさから涙をとめどなく流し、そこから再出発が始まりました。
北九州予備校も本人が決めました。毎朝、同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て、同じ時間に学校に着く。北予備から送られてく毎月の受講記録、学習時間の報告には、積み重ねの自信につながるという実績に裏付けされた指導指針を読み取ることができました。規則正しい生活、学習の積み重ね、リズムをつかむことで自分のための学習ができるようになってきたのを感じるようになったのは、秋になる前くらいだったと思います。
道は一本より、たくさんある中から選んだ方がいいという親の思いと、昨年一校しか受けなかったという反省もあり、今年は私立も受けるよう話しあいました。AOも受けられるのであれば挑戦しよう、逃げるのではなく、生きるためにはどんな手段でもチャンスがあればそれをつかんだ方がいい。AOではそれまでおぼろけであった自分の進みたい方向が、よりくっきり分かったのではと感じまた。センター二日目の朝、体調を崩しましたが、一年間の積み重ねによって生またガッツでなんとか乗り切り、ある程度の点数を取ることができたようでした。AOでは校長先生から面接指導をうけたということ大変感謝しております。志望校に合格することができて、また一歩、前に進むことができたようです。
一年間、本当に御世話になりました。とても意味のある一年になりました。
 
九州大学(農)AO合格 NMさん(福岡・筑紫丘高校卒)のお父さん
 
来年絶対合格宣言!言葉通り娘は佐大医学部に合格!!
「北予備に行って、来年絶対合格する」。前期の発表直後、娘が言った言葉です。それからすぐ北予備の春期講習を受け、三月の中旬から今年の入試に向け準備を始めました。入学してからは、「努力は実る」の言葉だけを頼りに懸命に努力する娘を、親としては応援することしかできませんでした。だが、娘にとっては同じ志を持つよき友と巡り会い、共に切磋琢磨し、人としての幅を広げた一年でした。
「何年かかっても医学部に」と努力する先輩達に刺激され、よき友、よきライバルとして、毎日を過ごすことができ、帰ってくる娘の様子からいい浪人生活を送っているなと感じさせられることも多かったように思います。
医学部に合格することはたやすいことではないということも現役の頃より、より現実的ではありましたが、今年の前期の発表の時は、不思議と心穏やかに現地の発表板を見ることができました。それはやはり、ここまで頑張ってきたという本人のそれなりの自信もあるのでしょうが、いつの日も叱咤激励して下さったチューター、校長先生、声をかけて下さった職員の方々、そして何より、共に頑張った友の存在に支えられ、達成感とともに二次試験を終えることができたからだと思います。
この一年は、得るものばかりで、一まわりも二まわりも成長でき、とても意味のある一年だったと思います。この一年を人生の糧として、自分の道をつき進んでくれると思います。北予備に感謝です。有り難うございました。
 
佐賀大学(医―医)合格 FIさん(福岡・筑紫丘高校卒)のお母さん
 
他校での1浪目と北予備での2浪目。明らかに違っていた
受験が終わりました。この二年間、息子はどんなに多くの不安を抱えてきた事でしょう。前予備校での一年目と北予備での二年目は明らかに落ちつきぶりが違いました。無念の思いから始まった二浪目でしたが、くさる事なく一歩、又一歩と順風満帆とはいかないまでも諦めない日々が続きました。それと同時に受験に関する情報収集や分析、自己分析にも余念が無く、冷静な判断力で最後まで周囲に流されずに乗りきる事ができました。各大学の出題形式や傾向をよく知り、一つの試験が終わっても何故得点できたのかと自己分析した事が、冷静な判断力に繋がったのかも知れません。
志望大学を決める事は大変な事です。私も最後の方はハラハラし通しでした。或時電話があり、迷った挙句第一志望に出願すれば肝が据わるかと試みたが、ここにきて過去問とどうも相性が悪い。このままでは気持ちの上で負けるので、願書の返還を願い出て鹿児島大学へ提出しなおすというのです。どうなるかと思いましたが、その大胆な行動力と合格への執念に大きく成長した姿が見て取れました。一度提出した願書、勿論息子の様な事が無いのが望ましいですが、最後まで諦めない事がここにもあったという事です。最後の最後までよく冷静に判断したと誉めてやりました。北予備と他の予備校とどこが違うかと聞きましたら、精神面において北予備の空気なのか生徒との距離感が違うという事でした。出願前に願書の確認をして下さる等細部に渡る心配りこそ、他の予備校に無い支えであり、生徒一人一人への温かい愛情だと思います。
最後になりましたが、校長先生、各教科の先生方、團野チューター、一心学寮の田布施寮長はじめ毎日温かい食事やお風呂を早い時間から用意して下さった方々、全ての御世話になった方々に厚く御礼申し上げます。
 
鹿児島大学(医―医)合格 KS君(福岡・福岡大附属大濠高校卒)のお母さん
 
高校の先生方は「絶対、北予備」と圧倒的な意見でした
「来年こそ絶対、関学に合格する」、その覚悟を持って始まった浪人生活でした。予備校選びは息子自身に任せましたが、高校の先生方の「絶対、北予備」という圧倒的な意見と、一番自分を追い込んでくれそうなところということで北九州予備校に決めました。
朝早くから夜遅くまでの勉強漬けの毎日でした。体調が悪そうでも何も言わず、玄関を出て行く息子の背中を見て心配した日もありました。「自分はまだまだなんだ、努力が足りない」という思いが常に息子の中にはあったようです。 中学、高校と大好きな野球に明け暮れて、勉強は二の次だった息子があんなに勉強する姿を初めて見ました。その頑張りが少しずつ成績に表れるようになり、毎日の勉強に本当に集中できていることがよくわかりました。そして防衛大学校の合格を頂いた時は、北予備を選んで間違いなかったと確信しました。
大本命の関西学院には、ここまでやってダメならしょうがないという思いで平常心で臨むことができたようです。
結果が出るまで顔に出していなかったけど、不安だったと思います。合格発表の日、「関学受かった!!」というメールが送られてきた時は本当に感激しました。
謙虚な気持ちを忘れず、常に前を見続けて来た北九州予備校でのこの一年は、息子の今後の人生の大きな糧となるでしょう。
共に励まし合い、時には競い合える仲間がいてくれたことは、息子にとって大きな支えになったことは言うまでもありません。
いつも親身に相談にのってくださった清水チューター、御世話になったチューターの皆様、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。心より感謝致します。
必ず「努力は実る」。
 
関西学院大学(商)合格 K・F君(福岡・福岡大附属大濠高校卒)のお母さん