2012「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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息子の合格に父親の私も嬉し涙が出ました
嬉しくて涙が出ることは、人生の中で多い事ではないと思います。しかし、今回の息子の合格に際して、私は涙が出ました。自分の趣味や娯楽を全て犠牲にして、勉強に専念したことが結果につながってほしい気持ちと、非常にレベルの高い志望校へ合格出来るかという不安が交錯していました。高校生時代に、志望校を決めるまでに多少の変遷が有りましたが、最終的には最も困難な大学を選択しました。現役時代は、勉強以外に様々な誘惑が自分のまわりにあり、勉強に集中出来ない状況でした。もちろん、そのような環境を作った責任が親にあることは無論のことです。
北予備の寮生活が、勉強の妨げになるものを排除し、勉強に集中出来る環境であることは知っていました。言葉では勉強に適した環境といえますが、本人にとっては厳しく辛い生活であったと思います。一年間、誘惑を排除して勉強に集中すれば、きっと志望校に合格できる……と信じていました。息子は、赤本で過去問を徹底的にやったわけではなく、毎日の予習・授業・復習を一生懸命やったと言っていました。こんなに簡単で基本的で普通の言葉が返って来るとは思いませんでした。予習・授業・復習の徹底した繰り返しは北予備の基本方針ですが、このシンプルな方法を効果的にしているのは、熱心で効率のよい授業をなさる優秀な先生方がいてくれたのだと思います。
また、勉強の妨げになる誘惑、ケイタイ・パソコン・ゲーム……をいっさい排除して、起床から食事や自習、就寝まで受験勉強に集中出来る規則正しい生活環境を維持していただいた寮関係者の存在など、全てが総合的に北予備での勉強を支えていたのだと思いました。親としての合格体験記は、ただ息子を信じ、北予備を信じて、合格を願っていただけだった気がします。北予備の受験勉強のシステムに感謝します。
 
京都大学(工―物理工)合格 KY君(長崎・佐世保北高校卒)のお父さん
 
「自分が納得できるまで教えてくれる先生ばかり」と娘
思い起こす事、一年前の三月。私達の前に正座をして、「もう一度、チャンスを下さい。もう一度受験をさせて下さい」と頼み込んだ娘を信じて、北予備にお世話になる事にしました。
それからは、毎日が戦いです。家から、私鉄とJRを乗りついでの通学の毎日でした。予備校に行くと決めた以上は、何が何でも来年は、九大合格を手にしてみせる。そんな娘の気持ちが、毎日の授業の内容やチューターからの話でも良くわかりました。娘との話の中でも、さすがに北予備の授業といえる、わかりやすく、自分が納得いくまで教えてもらえる先生ばかりと、よく話してくれました。自分の中で、よく理解出来ずにいた問題が解決出来た時は、まるで小学生の様にうれしそうな顔で、「やっと分かった。やっと納得できたよ」と、喜んで帰ってきました。
そんな娘を見て、一回一回の授業を自分のものに出来るまで、気をぬくなと厳しい言葉を私達も言い続けていました。
そのかいあって、毎日学校を休む事もなく、早朝に家を出て、家に帰ってくるのは、十一時になっても、一年間、がんばった成果が、今年、「九大合格」を手にすることが出来ました。
予備校を北予備にして、本当によかったと思っています。先生方が厳しく指導して下さったお陰だと思います。
本当にありがとうございました。
実りある一年間だったと感謝しています。
 
九州大学(理―化学)合格 KHさん(長崎・鎮西学院高校卒)のお母さん
 
清清しい娘の表情からは合格するイメージしか湧かなかった
家内と二人、車の中で合否の連絡を待つ娘に、私は窓を開けろとジェスチャーを送った。窓が開き終わる前に「おめでとう」と手を差し入れ握手したが、娘の左手が明らかに私の言葉に猜疑心をもつ握り方だった。「自分の目で見てきなさい」と笑顔で言うと、家内の方が車から先に飛び出し、遅れて娘が後を追うさまに、私は大笑いした。
今から一年前、娘は現役時代、どこかの大学に受かるだろうと軽く考えていたようです。もちろん、そんな気持ちで大学へ入学したところで、遊び呆けてしまうだけということは、火を見るより明らかでした。机の前に座る習慣がなかった娘が、大学で何を学べるか甚だ疑問でした。
高校では、勉強が出来る環境も整っていたはず。ところが、空手道部を引退しても、睡眠時間が長くなるだけ、そんな娘に「それでも受験生なのか」と一喝する私がいました。
北予備に通う娘は、まさに別人でした。朝から閉館まで、北予備で過ごしておりましたが、一体何をやっているのだろう。本当に勉強しているのか半信半疑のまま、一年が過ぎてしまったという感じでした。そして、センター試験での結果を見て、私の疑いが的中したのではとも考えましたが、結論を出すのはまだ早い。北予備の「努力は実る」と言う標語にもあるとおり、二次試験の結果で判断しようと考えたのです。
その一方で、私には、娘が合格するイメージしか湧かないのです。現役の時とは全く違い、娘が「落ちたらしょうがない」と笑顔で話し、すがすがしい表情をしていたからです。
人生の幸、不幸は最大限の努力の末、得られた結果で、満足するかしないかである。というのなら、まさに娘はその結果に幸せを感じていたのです。北予備で大学合格への充実した日々を送らせて頂いたことに、心より感謝申し上げます。
諸先生方、本当にありがとうございました。
 
長崎大学(水産―水産)合格 MTさん(長崎・長崎日大高校卒)のお父さん
 
息子の好きな言葉は「努力は実る」。それは親の喜び
息子は二浪いたしましたので、北予備には二年間お世話になりました。予備校を考える時に、親元から通わせて生活に目を配っておく方が良いと思いましたので、通学できる範囲に北予備があったのは本当に幸運でした。
受験に関しては、私は共通一次世代、夫に至ってはそれすら知らない世代ですので、すべて本人と北予備にお任せ状態、高校を卒業したらもう大人と割り切って、お弁当だけはきちんと持たせることに徹しました。三者面談には夫が行きました。二浪となると、黙って見ている方が辛かったので、北予備から保護者へ直接送られてくる資料などはとても有り難かったです。
医学部はほとんどの大学で面接があります。受験に行く前日、面接の質問に「尊敬する人と好きな言葉」もありかもねとと話しておりましたら、息子の好きな言葉は「努力は実る」だそうです。私には彼がその言葉を心に刻んでいてくれたことが一つの喜びでした。この心は二年間の北予備生活で鍛えられ磨かれた大切な宝物となりました。おそらくは、これから先の様々な困難を「努力は実る」の精神で切り開いて行ってくれることと思います。
因みに私が好きな言葉は「存在するものは、すべて意味がある」(トマス・アキナス)です。北予備との出会いとここで過ごした二年間は、息子にとっても、家族にとっても、意味のある時間でした。ご家庭に浪人生がいることは、時として時間が澱んで動かないように感じることがあります。けれどもそれが、家族皆で先に進むための糧であり、子供達の人生において大切な意味を持つものと信じて、辛い時期をねばり強く、笑顔で乗り切って下さい。
頑張る皆の努力が実りますように。
二年間、ありがとうございました。
 
島根大学(医―医)合格 RM君(長崎・長崎西高校卒)のお母さん
 
西高の「自律」と共に北予備の「努力は実る」は大切な教訓
「番号がある」。これが合格を告げた娘の第一声でした。娘は間違いでない事を何度も確認し、主人は別のパソコンで確認し、私は号泣で、居間は騒然でした。
去年三月の出来事をつい最近の事のように思い出します。北予備で浪人をさせるしかないと思いながら、どこまで伸びるのか、学部を変更するのではないか、精神的についていけるのかと、大変不安でした。
ところが、北予備生になった娘は、高校時代より明るく、精神的に安定して見えました。よき予備校生仲間に支えられ、切磋琢磨し、自分を奮い立たせている様子がはっきりわかりました。と言っても、北予備にすっかり任せ、一日の大半を予備校で過ごし、生活の流れを乱す事もなくこの一年を過ごせたのは、北予備のおかげです。
結果的に合格を頂きましたが、センター試験から二十日間は精神的・肉体的に親子共々大変な苦しみでした。センターは期待以上に取れましたが、推薦の合格を期待できる程ではなく、前期試験にかけるしかなく、それでも危ないのではないかとかなり悲観的になっていました。そんな時、三者面談で中村チューターから「充分頑張りました。これなら、希望の大学の前期試験が受験できる点数なんですよ。A判定で受ける人は一握り。皆さんB・C判定で受けて合格していくんです」と言われ、親の方が精神的にかなり助けられました。『これで支えていこう。私たちがしっかりしないと』と覚悟ができました。そのため、推薦の合格を聞いた時は衝撃でした。
人生のほんの一瞬を過ごした北九州予備校ですが、高校で学んだ「自律」と共に「努力は実る」もかけがえのない教訓として、今後の人生を有意義に送ってほしいと願っています。
北九州予備校の講師の先生方、中村チューター、多くの方に深く感謝いたします。ありがとうございました。
 
長崎大学(医―医)推薦合格 YYさん(長崎・長崎西高校卒)のお母さん