2013「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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『北予備は志望校の2ランク上を目指せる実績がある』
 合格発表の日、緊張の中息子の受験番号を見つけた瞬間、何度も受験票の番号と見比べ間違いなく合格したんだと、今まで味わったことがない程の安心感と有難い想いで一杯になりました。思えば一年前。前期の合格発表、そして後期の合格発表で息子の番号を見つけられなかった時の何とも言い難い喪失感は、今でも鮮明に覚えています。
 彼と相談を繰り返し、予備校へ行って必ずこの悔しさと、今迄の甘かった自分を変えたいという気持ちに報いる為に、北九州予備校しか頭には浮かびませんでした。高校生だった時に知人から、北予備は志望校の二ランク上を目指せる実績があると聞かされていたからです。迷わず入学手続きを取り、わらをも掴む気持ちで北予備に預けることにしました。
 入学前から講義が始まり、落ち込んでいる余裕を与えないのはさすがだと思いました。毎日毎日朝から夜十時すぎに帰って来るまで頑張っている姿を見て、今はきついかもしれないけれど、現役の頃とは比べものにならない勉強時間を確保して頂いているから、きっと合格するかもしれないという期待に変わっていきました。家では講師の先生方の授業の楽しさをしきりに語り、チューターの細やかなフォローも話してくれていました。
 そんな中、秋くらい迄は成績の伸びは実感できずにいましたが、初冬に入るくらいから模試の点が上がって来るのを見て、先生方の言うとおりだと思いました。最終的には、今年のセンターの状況がかなり全体的に厳しいと分析されていた中、昨年と比べ一〇〇点以上点数を伸ばすことができたのは、ずっと励まし続けてくれた諸先生方、特にチューターの心配りのお陰だと思っています。
 息子のお尻を叩いて叱咤激励して頂き、息子が変われて感謝しています。本当に有難うございました。
 
大分大学(工―福祉環境工)合格N・T君(大分・臼杵高校卒)のお母さん
 
昨年は3連敗、今年は3連勝。皆で楽しい春を迎えました
 あれあれ?まさかそんな!――昨年の今頃は本人も含めて家族全員がそんな気持ちだった。受験した美大を次々に落ち、すべり止めだったはずの短大さえも受からず……。途方に暮れ、どうしたらいいかをみんなで徹底的に話し合った。
 美大志望がそれほど強くなかったこと、浪人して一般学部に行きたいことを確認すると、北予備から届いていた案内をあわてて掘り出した。息子を北予備に託したことのある知人から「夜遅くまで徹底的に鍛えられる厳しいところだ」という言葉とともに、「でも息子は北予備の一年で本当に成長した。その経験があったから大学でも自立してやっていけたと思う」とも聞いていた私としては、娘を北予備にあずけることに迷いはなかった。
 この一年、娘は朝から晩まで、よく不満も言わずに北予備に通い続けたと思う。平日は遅い夕食や入浴を含めた家でのリラックス時間はわずか二時間しかなかった。ただ、その間に北予備のそれぞれの講師の独特の個性のこと、巧みな授業のこと、授業中の雑談のことなどを楽しそうに話してくれた。本当に講義が充実しているんだなと、私たちも実感することができた。
 北予備ではチューターや先生方から厳しく言われるんだろうし、私たち親も子供を追い立てなければ、と思っていたところがあった。ところが、チューターから届くお知らせには「本人は一生懸命がんばっています。家ではむしろリラックスさせてやって下さい」とあり、予備校の方が子供の気持ちをしっかり汲んでいるなと、大いに反省させられた。
 昨年の三連敗の後、今年は三連勝。みんなで楽しい春を迎えることができました。長い間やさしく見守り、励まし、力づけて下さった森崎チューター、すばらしい講義を行って下さった北予備のすべての講師の方々に、心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
 
大阪府立大学(現代システム―環境システム)合格S・Sさん(大分・大分豊府高校卒)のお父さん
 
北予備の厳しさは「学び」に真摯に取り組んでいる証拠
 「北予備で学びたい。寮に入って集中して取り組みたい」と言われた三月。「自分の夢」にむかって進むわが子を「夢が叶うまで応援し続けよう」と心に決めた三月でした。
 「応援し続けよう」と決めたものの、親としての不安は尽きなく、どのように支えたらよいか、日々迷いました。特にセンター試験のある一月からは、私自身も心落ちつかない日々でした。そんな時、寮に入っている我が子は、先生方にあたたかく見守られ、入試の不安も含めて心のケアを充分にして頂いていたようです。そんな我が子の姿に、こちらも安心し、北予備に入れてよかった、寮に入れてよかったと何度も思いました。
 私自身が「北予備にお願いしよう」と決めたきっかけとなったのは、「高校四年生として扱います」という言葉です。「北予備は厳しいんでしょ」と同じ年頃の子を持つ友人から言われますが、それは「学び」に対して真摯に取り組んで下さっている故だと受け取めています。「次は絶対に合格する」と決めた以上、浪人している時は真摯に勉強に取り組んで欲しいし、そういった環境の中にいないといけないと思います。高校の延長として、厳しく指導にあたって下さることが、大変良いと思いました。
 「寮に入る」と聞いた時には、「自宅から通えるのに」と思いましたが、寮長さんにも寮母さんたちにも大変かわいがって頂き、充実した生活を送ることができたようです。決まった生活時間の中で、何の心配もなく受験勉強に専念させて頂きました。体調良く受験できたことは、寮長さん、寮母さんのおかげと思い、感謝しています。
 合格の報せを聞き、本当にうれしく思うと同時に、北予備の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。北予備だったからこそ合格できたのだと思っています。また、北予備で過ごしたこの一年間は、価値あるものだったと思います。本当にありがとうございました。
 
大分大学(医―医)AO合格S・G君(大分・岩田高校卒)のお母さん
 
高1の時から「浪人するなら北予備」は息子との決まり事
 「たぶん、合格したらしい」
 との連絡が届きましたが、合格通知が届くまでは信じられず、息子の元に届いた合格通知を古賀チューターが読んで下さいました。あっけなく、受験が終わってしまいました。
 高校一年の頃より、浪人するのなら、北九州の北予備でというのは、息子との決まり事でした。昨年センター試験が終わった時点で、フェリックスでの一年に懸けようと決心し、「国公立医学部合格」「一年の浪人」この事は忘れないようにと、息子に伝え送り出しましたが心配でした。しかし、月に一度届く便りには写真も添えてあり、安心しました。
 そして、夏、帰省した時、
 「俺にとってこの浪人生活は必要なんだ。もし、現役で医学部に合格していたら、自分はダメな人間になっていたと思う」「北予備は厳しい事はないよ、ただ、ただ、勉強さえしていればいいんだ」と話しました。成長している事を感じホッとしました。
 そして、私立医学部の受験。一次合格はするものの、二次の合格通知が届きません。そんな中、二次試験移動中の発熱、インフルエンザ感染、電車の踏切事故での足止め、心が少し折れそうになっているのを感じました。それでも、次…次…と宿の予約、電車の予約を伝えながら、北予備だよりの「意志あるところに道あり」「最後まで走り抜いた者が勝つ」の言葉をメールで送りました。
 本当に「努力は実りました」。
 最後に、いつも笑顔の古賀チューター、職員の皆様、アスクレピオス寮の寮長寮母さん、そして、一緒に医学部合格に向けて、机を共にした仲間達、決してひとりではなく、あたたかい見守りの中で、勉強に集中できる環境を作って頂いた事に感謝しております。
 本当にありがとうございました。
 
大分大学(医―医)合格Y・Z君(大分・岩田高校卒)のお母さん
 
「センターの結果でお母さんを喜ばせるのが夢」娘の言葉通りに
 昨年、AO・前期とまさかの足切りの試練に、十八歳の娘が耐えられるだろうか、心が折れてしまわないだろうかと、結果よりもその精神的ダメージが心配で心を痛めました。その娘が、「北予備に行く。寮に入る」と宣言したのは、まだ後期試験の前でした。私たち親子はすぐに北予備に向かい、入学の手続きを済ませました。
 四月になり、入寮して一週間目に娘に会いに行きましたが、その表情から新生活の苦しさが窺えました。リバーウォークの駐車場で二人で泣きました。娘を抱きしめ、「帰りたい」という言葉に「帰ろうか」と言いたい気持ちをぐっと我慢して「もう少し頑張ってみたら」と言うのが精一杯でした。それから一ヵ月は成績どころではなく、寮での生活に慣れて欲しいと願うばかりでした。
 連休も明けた頃の毎日の電話で「友達も出来て寮が楽しい!!」という言葉を耳にした時は、本当に嬉しく胸をなでおろしました。それからは、学校での授業の様子や友達との生活が楽しそうに伝わってくるようになりました。毎日の学校での授業と寮での規則正しい生活、特に夜の自習は自宅ではこのように完璧には出来ません。携帯電話のない生活も絶対に出来ません。自らを律していく(少し前の時代なら普通のことですが)ことは、北予備に入ることで得られたと感謝しています。
 「センター試験の結果を報告して、お母さんを喜ばせるのが夢」と言っていた娘の言葉どおり、いい結果を出すことができ、緊張の中でのAO入試、二日後の合格発表。飛んでいくように早い日々の中で、AO合格者に娘の番号を見つけた時には、一年間の努力が実った、頑張ればきっと報われるという言葉を確信しました。北九州予備校の先生方、チューターの皆さん、寮長さん、寮母さん、本当にありがというございました。
 
大分大学(医―医)AO合格Y・Wさん(大分・岩田高校卒)のお母さん