2013「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
このサイトに掲載の文章・イラスト・写真等の無断転載を禁じます。
 
フォーム
 
雨の日も風の日も、暑い夏も寒い冬も息子は通い続けた
 昨年の受験は、第一志望の熊大薬学部の前期試験に不合格となり、本人は失意のどん底だったと思います。親の立場では、慰めることも、励ますこともはばかられる状態でした。後期試験も受験せず、落ち込む日々でしたが、自ら、浪人するからには、来年は目標を上げて医学部を目指したいという気持ちになり、合格を勝ち取るために、予備校に入学したいと申し出てきました。気持ちが前向きになってきたのだと、ほっとしたのを覚えています。
 寮に入って完全に自立する道と自宅から通学する道の二つの選択肢がありましたが、受験は家族のサポートも含めた総力戦だと思いましたので、話し合って後者を選び、自宅から通学可能な北予備大分校にお世話になることを決めました。本人と話し合って決めたことは、浪人は一年限りしか認めないということと、国立大学のみに限るという二点でした。
 以来、一年間、雨の日も風の日も、暑い夏も寒い冬も、盆も正月もなく、ほぼ皆勤で、一時限から最終時限まで文句も言わずに、北予備通いの日々を送りました。北予備から送られてくる通学状況のレポートは、その真面目ぶりが確認できる内容でしたが、同封の模試の成績が思うように伸びない時期は、北予備での集中度や密度までは分からないので、非常にやきもきしたりもしました。しかし、北予備の「模試の成績に一喜一憂する必要はない」「努力は実る」のスローガンを信じ、また本人の頑張りと可能性を信じて見守るしかできない日々でした。
 時には親子げんかをしながらも、北予備を信じて地道に努力した甲斐があって、念願の医学部合格を勝ち取ることができました。
 本人の頑張りは当然ですが、これまで手厚くサポートして下さった北予備のチューターの皆様や友人の皆様に心から感謝しております。泥臭いですが、「努力は実る」は本当にその通りでした。ありがとうございました。
 
大分大学(医―医)合格K・W君(大分・大分東明高校卒)のお母さん
 
「北予備の問題と似たのが出た」!京大入試当日、嬉しそうに息子は言った
 昨年の春は、息子の挫折であけた。親子で『挫折をこれからの人生の糧に変える』と誓った。「浪人して北予備に自宅から通う」。第一志望に落ちた時から、何か内に秘めていたのか息子の決断は早かった。「これからの一年は、出来る限りのフォローはするよ」と北予備へ、第一志望へと軽く背中を押した。
 北予備に入ってからも不安は様々。「通学で学習時間確保が難しいなら寮に入ったら?」「高校の時と同じ。特急があるからむしろ楽かも」と息子。選んだ道に後悔などみじんも感じないといわんばかり。私の方が不安だったのだろう。息子の言葉の中に、日々の成長を感じては励まされていた。
 受験当日、「北予備でやった問題と似たのが出た」と興奮ぎみに帰って来た。「書けたの?」「その問題は」とうれしそうだった。思い返すと沢山の北予備の課題を一冊ずつコピーして「これ切って」と言っては、ノートに貼る問題を用意させられた。「○日までに予習やらんと」とカリカリ…。家での様子である。一度だけ「勉強、イヤにならん?」と聞いた事がある。「大変やけど、特には…」。息子にブレは全くない。第一志望を見つめていた。年度の後半には、『この一年は息子にとって必要だった』と思えるほどだった。
 北予備での生活がいろんなことを学ばせてくれた。目標を持ち懸命に取り組む友の姿、学習面はもちろん、心の内まで耳をかたむけてくださったクラスチューター、基礎を大切にしながら“目から鱗”の授業を展開し、息子の学習意欲を掻き立ててくださった各教科の先生方、どれか一つが欠けても、今日の息子はいなかった。北予備に出会って、選んで、あずけて本当に良かった。
 ありがとうございました。
 ペンに心をこめて
 
京都大学(理)合格S・S君(大分・大分舞鶴高校卒)のお母さん
 
北予備は娘と私にとって温かい“家族”でした
 一年間かけて勝ち取った『合格』。この言葉の陰には北予備大分校での、文字通りの「こつこつ努力」がありました。
 そしてその努力も、北予備のサポートと、志を共に抱く仲間があったからこそ、実らせる事ができました。
 全く良いトコのなかった去年、寮のある予備校などをあれこれ調べていた娘でしたが、同じく北予備大分校でお世話になり、自宅から通った兄からのアドバイスがありまして、自宅から通って頑張る、という一年を選ぶ事にしました。
 北予備の授業を信じてしっかり学校で学び、家に帰ってきちんと休む、というON・OFFのある生活は、一年間体調を崩す事もなく過ごせた一番の理由だと思います。土曜も日曜も開けて頂いていたため、ほとんど毎日変わる事なく生活のリズムを保つ事ができました。
 北予備のナマ授業は本当に楽しかったようです。「○○先生がこんな話をされた」と一緒に笑ったり、「各教科を学習する本当の楽しさを知った」と話してくれたりして、充実した日々を嬉しい気持ちで垣間見る事ができました。講師の先生方お一人ひとりを、勉強だけでなく、人として尊敬している姿は、側で見ている者にとって、それはそれは嬉しい事でした。
 浪人を決めた頃は「ああすれば良かったのに」とか、「こちらを受けていれば」などと考えてしまいましたが、クサる事なくよく頑張ったと思います。今は「北予備のこの一年があったからこそ今がある」と胸を張って言える、と言っております。
 北予備は娘と私にとって温かい“家族”でした。校長先生はじめ山本チューター、職員の皆様方全員でのバックアップと講師の先生方の励ましとご指導の全てに、お礼の言葉も見つけられません。北予備にして本当に良かったです。月並ではありますが、本当に、心から申し上げます。ありがとうございました。
 
大分大学(医―医)合格T・Iさん(大分・大分上野丘高校卒)のお母さん
 
北予備が入試のプロだと実感した事をいくつか書いてみます
 「お母さんの病気を少しでも医師になった時のために役立てて欲しい」と、言ったことから息子の医学部への挑戦が始まりました。
 北予備には本人の意志で入学しました。二年間自宅浪人をしていたので、頑張る仲間が周りにいるというのは息子にとって大きな心の支えになった様です。
 北予備が入試のプロだと実感した事をいくつか書いてみようと思います。
 毎日帰宅した時に学校の様子を聞いていました。入校して間もなく息子が「この問題はこうしたら解ける。目からウロコが落ちた気分」と言い出しました。二年間こつこつ基本からやり直しても尚、気付けなかった“合格のエッセンス”をやはり北予備は持っているのだと確信して、安心したことを覚えています。
 それから義務教育でもない北予備のチューターが子供達の様子をしっかり把握し、管理されていた事です。確かに、浪人中は苦しい時期です。ちょっとした事でつまずくこともあるでしょう。体調をくずして休んだ息子に早速お見舞いと励ましのお電話をいただきました。本当にありがたいと思いました。センター試験の時には朝早くから試験会場にいらして、子供達に声をかけておられました。緊張がほぐれた子、一層やる気の出た子、励まされ安心して入試に挑めた子も必ずいたことだと思います。チューターの熱い思いも伝わってきました。
 最後は面接練習です。大分大学は面接点が二〇〇点あります。息子はそのおかげで合格出来たと言っても過言ではないと思っています。本番さながらの練習で話し方から、話す内容までご指導いただきました。おかげ様で私は息子の長い浪人生活を終え、澄んだ青い空をゆったりした気持ちで眺めることが出来る様になりました。北予備の職員や講師の方達には心から感謝をしております。本当にありがとうございました。
 
大分大学(医―医)合格T・I君(大分・大分上野丘高校卒)のお母さん
 
息子は学力のみならず人間として一回り大きくなってくれました
 一年前の春、息子は国立大学の前期・後期ともに不合格という事実を突き付けられました。高校時代の生活の様子から、入寮をすすめましたが、「現役時代の反省を生かし、自宅から通い熊本大学薬学部を目指して頑張ります」と、宣言し浪人生活をスタートさせました。北予備から徒歩五分程度の距離なので、毎日昼食時は友人を伴ってあわただしく済ませ、夕方用の軽食を持たせると夜は十時過ぎに帰宅、その後食事。
 私自身『北予備できちんと学習して、家ではゆっくりとリラックスさせる』を心がけておりましたが、のんびり屋のマイペースな姿を見ていると、心中穏やかでない日々も多々ありました。年が明け、センター試験の結果は、満足のいく点が取れず「二次試験に向けてとにかく頑張る」と今までの、のんびりムードから気持ちを切り替えて、努力する姿に成長を感じました。
 前期試験を終え、中期試験に出発する前日、センター試験の直前に亡くなった友人を偲び、生きてこの日を迎える幸せを口にし、共に励まし合うかけがえのない仲間、目に見えないお心遣いをいただいたスタッフの方々、常に頑張る力を与えて下さいました講師の方々の事を、心を開いてしみじみと語ってくれました。
 おかげさまで前期合格という花を咲かせていただきました。北予備で学力のみならず人間として、ひと廻り大きくなってくれた事が、何よりの嬉しさです。『北予備にあずけて』の一年は、親子で大変貴重な時間でした。
 息子を支えて下さいました、すべての皆様、大変お世話になりました。本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
 
熊本大学(薬―薬)合格T・Y君(大分・大分上野丘高校卒)のお母さん