2014「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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長大医合格は北予備+規則正しい寮生活のおかげ

 昨年の同じ時期は、合格者番号の中に自分の受験番号が無く、医学部受験の厳しさを実感し、息子は初めての人生の挫折を感じました。高校時代の自由な下宿生活で、余り勉強もせず、受験に臨んだ事を反省し、息子自ら北予備の寮に入って勉学に専念すると言って入校しました。入校後の基礎の補強で、成績を伸ばす一方、また北予備の生徒の数学のレベルの高さに感心していました。
 十月以降は医学部受験の競争の厳しさを改めて感じている内に、センター試験に臨みましたが、思った通りの結果が得られず、親子で志望校選択に悩み、個別試験に臨みました。浪人生での受験は、現役時代とは比較にならない程の精神的なプレッシャーを感じての試験だった様です。合格者発表の掲示板に自分の受験番号を素早く見つけ、長崎大学の先輩に胴上げされた時の感動は一生忘れる事は無いでしょう。
 これらの事を鑑みますと、一年間の浪人生活で無事、医学部に合格出来たのは、北予備での規則正しい寮生活で、体調管理だけで無く、常にモチベーションを維持することが出来、高い学習意欲を持った北予備生に囲まれた環境の中で、最後まで勉学に励むことが出来た結果だと思っています。
 また、授業においても添削のお願いに先生方が快く応じて頂き、適切な指導を受けることが出来、実力と自信をつけて試験に臨めた様です。
 医学部に合格できたのは、授業環境とそれを支えてくれた北予備のチューター、先生、寮長の皆さま方の熱心な指導があったから。おかげで、息子自身が最後まで努力する事が出来、希望を叶える事が出来ました。
 この一年間の北予備生活は、息子にとって貴重な体験となって、これからの人生の宝物となるものと確信しております。
 一年間本当にありがとうございました。

 

長崎大学(医―医)合格 T・W君(鹿児島・ラ・サール高校卒)のお父さん
 
友人から聞いた北予備の噂。「それは我が子に丁度良い!」

 昨年、2.5点差で不合格となり、受験の厳しさを痛感すると同時に、嗚咽する息子に胸が痛みました。友人から北予備の厳格な校風のうわさを聞き、「それは我が子に丁度良い!(笑)」と入校を決めました。
 親子共々のんびり屋なので、時間に厳しい北予備には貴重な経験をさせていただきました。初めて、遅刻しました!!の通知ハガキをいただいた時はビックリ致しました。その後、息子なりに緊張感をもって登校しておりました。保護者会で感動したのは、チューターの先生方が、子供達の登校前、ゴミ一つない様教室を掃除して迎えるという事でした。それだけ子供達の事を考えて下さるという姿勢に頭が下がる思いを抱くと同時に、涙が出る程大変うれしく思いました。
 親としては、とにかく体調管理に気を付けました。春から夏にかけては、出来るだけ、歩かせたり、布団干し等の家事を手伝わせ、体力をつけさせる事に心を配りました。秋以降は、食事のバランスに気をつけ、風邪等にかからない様に手洗い、うがい、マスク着用を促しました。ニンニク、ニラ等のスタミナ食や、脳血流量を増やすと言われるカレーも2週間に一度は作りました。もっと多く作りたかったのですが、主人が飽きたと……(笑)。
 一年間、お弁当作りは大変でしたが、他校でのオープンテストで京大医学部B判定という好成績を初めて上げ、「努力は実る!!」を感じ入る1年でもありました。秋頃、息子が精神的にきつい時、Kチューターに「あと少しで終わるから」と励まされたと聞き、大変有り難く思いました。
 今まで、息子を支えて下さったすべての方々に心より深く感謝申し上げます。本当に有り難うございました。
 衷心より感謝の気持ちを込めまして。

 

九州大学(医―医)合格 K・I君(鹿児島・ラ・サール高校卒)のお母さん
 
「授業を受けて感動した」と語る息子の瞳はにこやかで輝いていた

 ドキドキしながらパソコンの画面の番号を目で追う。「キャーッ!あったあ!」。息子の受験番号が目に入った時の歓声と大粒の涙。二浪しての合格は、喜びも一入である。
 北予備に息子を預けて良かったと、今つくづく思います。毎朝チューター方による開門激励があるので、起床、登校、帰宅、就寝のリズムをほぼ毎日守り続け、規則正しい生活を送ることができました。これは、受験期に大事な健康を守る上でも大変良かったと思います。おかげさまで息子は、一日も休まず出席することができました。
 そのような環境に身を置き、個性豊かな講師の先生方からも、たくさんのことを学ばせてもらったようです。内容の深さや問題へのアプローチの仕方、覚えるコツを学ぶ中で、物事の考え方や捉え方、人生観までも熟慮するに至りました。講義を受けて感動したことを語る息子の瞳は、にこやかで輝いていました。浪人して辛いはずなのに、学ぶ喜びが日々得られることは、何とも有り難く、だからこそ、毎日コツコツと勉強を続けることができたのだと思います。
 北予備では、自分が受けたい講座を選べるのも良かったです。センター対策は直前になってからだけではなく、毎日の朝テストの積み重ねが力になっていたような気がします。
 家では、親子で冗談を言い合い、できるだけ笑って過ごすようにしました。ゲラゲラと笑うことで、一日の疲れも吹き飛び、心がほぐれて、毎日やる気を持続させることができました。
 きつい時期であっても真っ直ぐ前を向いて乗り越えることができたのは、北予備のチューター方や講師の先生方の情熱と、信頼することのできる北予備の信念「努力は実る」に支えて頂いたからです。北予備で充実した時を過ごせたことに感謝しております。息子の歩みを丁寧に導いて下さり、ありがとうございました。

 

長崎大学(医―医)合格 M・K君(鹿児島・鶴丸高校卒)のお母さん
 
校長先生達がシャイな息子に何度もダメ出しして面接指導してくれました

 Kチューター、校長先生、副校長先生、北予備の先生方、本当にありがとうございました。この喜びの日を迎えることができましたこと、先生方の御尽力のおかげと感謝しております。
 昨年、熊大医学部の前期試験が終わってから「合格の確率は1%もない」と断言し、発表も待たずに迷わず北予備の門をたたいた息子でした。覚悟はしていたものの、実際の不合格の知らせは、本人はもちろん家族にとっても辛いものでした。
 後期試験も受けずに、3月の早い時期から息子の北予備通いが始まりました。パワフルでユニークな授業に感銘を受けた様子で、「N先生がこんな話をされた」と一緒に笑ったり「苦手な国語も点数のとり方があるって聞いたよ」とか、合格への希望の光を見出して良いスタートが切れたように思います。
 また、息子は浪人生活を始めるにあたって現役時代の勉強法の反省をしていたようです。チューターの話や、北予備の合格体験記の先輩方の言葉に心を動かされたようで、「毎朝北予備へ行き、最終時限まで勉強し、家では勉強しない」と宣言しました。高校時代には無かった自分の進路に対する覚悟を見たようで、たのもしく思いました。試験が近付いても、マイペースで感情をあまり表に出すこともなく、普段どおり淡々とがんばる姿は、北予備で培われたものと感心しました。
 そんな息子にとって、最後の難関が面接でした。今年から熊大医学部は面接が点数化され、200点になったからです。シャイでうまく話せない息子に、校長先生と副校長先生が、ダメ出しを何度も出しながら指導してくださいました。そのお陰で本番はとても落ち着いて答えられ、面接はバッチリだったとうれしそうでした。
 合格の日の息子の喜ぶ姿が、今でも忘れられません。人生の壁を一つ乗り越えた瞬間でした。

 

熊本大学(医―医)合格 T・O君(鹿児島・鶴丸高校卒)のお母さん
 
苦手英語が見直しVODのお陰で伸び㋝は予想以上の結果に!

 一年前のセンター試験が終わって、「二次試験は受けない」という息子に、受けるだけ受けてみたらと説得したのが、昨日のことの様に思い出されます。
 北予備は厳しいと評判を聞いていましたが、先輩の母親が「楽しいと言って通ったよ」という話を聞いて、のんびり屋の息子にはかえって良いのではないかと思い、北予備にお世話になることにしました。
 最初は寮に入れるつもりでしたが、本人が通学希望で自宅から通う事になりました。電車通学は初めてで不安を持っていましたが、幸いにも一緒に通うお友達もおり、重いリュックを担いで朝早くに出かけ、夜遅くに帰ってくる生活が始まりました。
 保護者会で親の対応や受験に対する心構えを教えて頂き、家ではゆっくりできる様に、勉強についてはあまり触れませんでした。
 本人は頑張っていましたが、模試の成績はなかなか上向かず、正月の模試でもE判定で志望校を大幅に下げるか、二浪かなと覚悟しました。北予備だよりで、入試直前になって急激に伸びて見事に合格する人もいると書いてありましたが、それを信じてとにかく体調を整えてよい状態で受験できる様に見守っていました。
 センター試験では予想以上の結果が出て、特に高校時代に苦手であった英語の点数が伸びました。見直しVODの英語が分かりやすく、今では講師の先生を師匠と勝手に言っています。
 またチューター方の的確なアドバイスがあり、推薦入試や私大の受験を勧めて頂き、校長先生や副校長先生の面接の熱心な指導もあり、結果として推薦での合格がかないました。
 北予備の講師、スタッフの方々、励まし合ったお友達、息子を支えてくださった方々に心からお礼申し上げます。

 

鹿児島大学(歯―歯)推薦合格 D・F君(鹿児島・伊集院高校卒)のお母さん