2015「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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五島出身の娘は寮があることが必須。とても良い選択でした!

「合格したよ」。仕事中だった私にメールで報告してくれました。メールを開く時は、手が震え、メッセージを見た時は、涙があふれ仕事の同僚と飛び上がって何度も何度も抱き合いました。心配性の私に、受験番号の載ったパソコンの画像まで添付して報告してくれました。
 1年前、すべての歯学部に入ることができず、娘に予備校で1年間頑張って絶対歯学部に行きたいと言われ、寮がある北九州予備校を選びました。初めて電話をかけた時、受付の職員さんに丁寧に説明をしてもらいながら、落ち込んでいた私の受験の愚痴まで聞いていただいて、とても慰められたのを覚えています。とても感謝しています。
 五島出身の娘は寮があることが絶対必須で、それならば北予備と決め入ったことは、とてもいい選択だったと思います。また娘が一番できなかった規則正しい生活が、北予備にいれば自然とできます。食事の心配も健康面の心配も寮にいれば何もいりません。寮長さんや寮母さん方に常に目をかけていただき、寮の生活が勉強しながらでも楽しそうでした。しっかりと目標に向かって成績も上がっていき、希望大学すべてA判定までいくことができました。毎月送ってくる通信もとても丁寧でいつしか楽しみの1つになりました。
 九州大学のAO入試の面接の練習では、出発する寸前の朝まで、講師の先生をはじめ、教頭先生、職員の皆さんに面接練習をしていただいて安心して臨めたようです。
 感謝しても感謝しきれないほどたくさんの方々に指導していただき、第一志望の九州大学に合格することができました。北予備に私は任せっきりでした。それが一番よかったのだと思います。「努力は実る」。まさにこれにつきます。それをバックアップしてくださる北九州予備校にお世話になって本当によかった。心からそう思います。
 本当にありがとうございました。


九州大学(歯―歯)AO合格 R.Sさん(長崎・長崎西高校卒)のお母さん
 
医学部を目指すのなら北予備と決めていました

合格発表の日、息子と一緒に合格掲示板を見に行った私は、番号を見つけた途端、あまりの嬉しさに号泣してしまいました。一生忘れられない瞬間となりました。
 1年前、センターの後、目標点に及ばず、長大医学部ではなく、他県の医学部にした方がいいのではないか、と考えておりましたが、本人の「長大医学部にしか行くつもりはない」との言葉に浪人を覚悟しました。
 息子の決意を頼もしく思いましたが、医学部は想像以上に厳しく、浪人したからといって合格する保証はありません。医学部を目指すのであれば、北予備にお世話になろうと決めていました。
 この1年間、お弁当を持って北予備へ行き集中できる時間まで勉強をする毎日でした。家へ帰ってきてからは、家族と会話をしながら食事をとり、12時前には就寝するという規則正しい生活を心掛けました。
 物理が苦手だった息子は、夏休み前にチ担任ューターにすすめられた問題集を、片っぱしから解き、センター前には驚くほど偏差値が上がりました。二次試験も理科で助けられたと言っています。本人の弱いところを適時適切にサポートして頂き感謝しております。
 目標に向かって、腐ることなく穏やかにモチベーションを保つことができたのも、北予備の雰囲気が良かったのだと思っています。
 息子が医学部に合格したのは、担任チューター、北予備の皆様、そしてすばらしい講師の方々のお陰です。
 これからは、自分の努力で勝ちとった夢に向かって歩き続ける彼を応援していきたいと思います。
 「努力は実る」。
 新たなる明るい未来に向かって羽ばたいて下さい。
 北予備の皆様、ありがとうございました。


長崎大学(医―医)合格 S.U君(長崎・長崎西高校卒)のお母さん 
 
九大に強い北予備。長男に続き娘もお世話になりました

北九州予備校には長男・娘とお世話になり、ありがとうございました。
 1年前の浪人が決定した時は残念でしたが、私大受験もしていなかったので、すぐに諦めがつき覚悟もできました。心の底で、この挫折が人生のどこかで実を結ぶことも確信しておりました。浪人経験のある主人も長男も予備校の仲間がたくさん増え、人脈や人としての幅が広がっているのを私はこの目で見ております。現役の流れに身を任せたり、自分の将来を熟考せずに生きてきた私には、初志を貫いたり、納得しながら自分の道を踏みしめてきた浪人経験のある主人や長男を羨ましいと思うことさえありました。
 ですから、娘が北九州予備校にお世話になることで、私もこの1年を一生懸命応援しようと思いました。浪人生活は崖っぷちに立たされるのですから苦しい道のりでしょうが、長い人生においてはこの年月は点にしかすぎず、寧ろ後々に大切な年月になります。
 親として、また娘と1年長く一緒にいられる年月をありがたく過ごそうと思いました。親にできることは、子どもの送迎と栄養に心がけた食事を作るぐらいで、あとは見守ることしかできません。
 子どもたちは勿論、自分たちの将来を生きる為に今を頑張っていますが、親の為にも頑張っているのではないでしょうか。親だけが子どもを思っているのではなく、子どもも親を思って一生懸命頑張っていることに気付いてお子さんを見守って欲しいと思います。
 先日は合格が決まり、住居を探すべく不動産店を訪ねました。書類を書く中で「北九州予備校」と書く欄があり、担当の方から北予備の名前はよく見かけますと言われ、改めて北九州予備校にお世話になったことを感謝した次第です。
 本当にお世話になり、ありがとうございました。嬉しいお別れです。


九州大学(歯―歯)AO合格 M.Tさん(長崎・長崎西高校卒)のお母さん
 
合格!!良かった良かった。寮の方向に手を合わせました

7日、土曜日午前10時、長大医学部、合格発表の日、受験番号も知らない私共は、今か今かと息子からの電話を待ちました。5分、10分、やっぱり駄目だったんだ…。親の落胆よりも息子は落ちこんでいるはず、立ち直れるだろうか?
 いやもしかしたら、歩いて家まで来て「合格したよ」と言うかも……。
 いろいろ思いめぐらしていた11時頃「合格したよ、ありがとう。友達のケイタイだからまたあとで電話するよ」。
 その日の夕方、天にも昇る思いの、長大医と防衛医大の合格通知が届きました。ああ、良かった良かった。寮の方向に手を合わせました。
 一浪は自宅から真面目に北予備には通っていましたが、浪人を楽しみすぎているように見えました。医学部には届かず、後期の工学部は合格したが、本人いわく、「約束だから入学するけど医学部は合格するまで絶対にあきらめない」と。
 それではすべて中途半端になる。中・高校の時から寮生活を勧めていましたが、「ウン」と言いませんでした。しかし、以前、至誠学寮から見事志望校合格を果たした、いとこの強い勧めもあり、本人も覚悟の入寮でした。
 自宅と寮の間はそれほど遠くはありませんが、必要以外の面会は避けてすべてを寮に委ねました。退寮の日、寮母さんが「魚も食べるようになり、洗濯も上手になりましたよ」。少し頼もしくなり、止まっていた身長が2センチも伸びていました。
 親にも出来なかった「勉強できる良い環境」「沢山の教え」をありがとうございました。「北予備に通っていなかったら」「至誠学寮に入っていなかったら」、この良き日はなかったでしょう。夢の扉を開けてくださった北予備の先生、職員、寮長、寮母さん、本当にありがとうございました。


長崎大学(医―医)合格 Y.T君(長崎・青雲高校卒)のお母さん
 
高校の先生や先輩の勧めもあって「厳しく真面目な校風」の北予備に

この度、娘が晴れて第一志望の大学に合格することが出来て、親子共々喜びをかみしめております。皆様に深く御礼申し上げます。
 思い起こせば昨年の今頃、不合格の落胆からまだ立ち直れないでいる娘と、北予備長崎校へ入校申し込みに伺いました。「厳しく真面目な校風」との評判で、高校の先生や先輩からの勧めもあって、迷うことはありませんでした。面接で先生に励まされ、早速翌日から春期講習に通うことになったので、早く気持ちが切り替わり、次の受験に向けて良いスタートが切れたようでした。
 平日は毎日授業と自習、日曜日も自習や模試に出かけ、GWやお盆休み等も当たり前のように、ほぼ毎日大量の教材を背中にしょって通い続けました。授業は、「とても面白くて分かりやすいし、添削も熱心に見てくれて嬉しい」と、非常にやり甲斐を感じているようでした。模試の成績も向上しました。
 朝から夜遅くまで勉強一色の日々は、確かにきつそうな時もあり、心配もしましたが、同様に頑張っている仲間が心の支えになってくれていたようでした。また、先生方もよく声をかけて下さって、大変励みになっていたようでした。
 そのように日々頑張る娘を見て、親としては努力が実ることを祈るのみでした。勉強面では先生方を、様々な相談は米田チューターを信頼してお任せしていましたので、それ以外のサポートを心がけました。また「保護者の皆様へのお願い」という資料に、受験生と接する上での助言が書かれており、何度も読み返しました。
 北予備で過ごした1年間で、娘は精神的にも逞しく成長し、厳しい受験を乗り越えることが出来ました。いつも激励の言葉を下さった校長先生始め、熱心にご指導頂いた諸先生方、的確なアドバイスを下さった担任チューター、毎日笑顔で接して下さった職員の皆様に、あらためて心より感謝申し上げます。
 


長崎大学(医―医)合格 A.Yさん(長崎・青雲高校卒)のお母さん