2012「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
このサイトに掲載の文章・イラスト・写真等の無断転載を禁じます。
 
フォーム
 
合格退寮の時、友達と抱き合って喜ぶ姿を一生忘れません
浪人が決まり、友達は広島の予備校に通うと聞き、どこの予備校にしようかと迷っていました。北九州予備校を知り合いの方に聞くと、「厳しいらしいよ、大丈夫?」と言われました。しかし娘は、一浪で医学部に合格したいから、厳しい予備校・寮に入って勉強したいと決心し、北予備を選びました。その決心は強く、入寮してすぐ友達を作り、北予備で決められた通りの予備校・寮での規則正しい生活、可能な限り勉強時間を確保してしている様子、去年の生活とは全く違っていました。初めての寮生活でしたので、私は不安だったのですが、信じられない位変わっている娘に心配無用でした。
推薦入試までの八ヵ月間、娘は勉強が苦しくても、いつも友達と楽しそうにしていたと、寮長さん、寮母さん、チューターの先生にお聞きしました。入学式で、校長先生が「受験は団体戦です。まず友達を作って一緒に頑張りましょう」と、おっしゃった言葉を思い出しました。仲の良い友達から支えてもらい、苦しい時を乗り越えたようです。合格し、寮を片付けに行った時に、友達が抱き合って、一緒に喜んでくれた姿を、娘も私も一生忘れないと思います。
また、北予備での八人の少人数クラスは、昼食後も眠くなることはなく、集中して勉強できたようです。少し消極的な娘にとっては、なんでも質問ができて本当に良かったです。
細かい御指導をしてくださった各教科の先生方、二次試験前に面接の練習をしてくださった校長先生、色々な相談に親身になってアドバイスしてくださったチューターの先生方、生活面でいつも温かく見守ってくださった寮長さん、寮母さん、事務の方々。本当に娘は沢山の方々に支えられ合格できました事、心身共に成長しました事に、心より感謝しています。北予備にあずけまして、本当に良かったと思います。ありがとうございました。
 
 
川崎医科大学(医―医)推薦合格 ANさん(山口・高水高校卒)のお母さん
 
「ああ、こちらに預けて1ヵ月でこんなに変わるのか?」
このたび息子が埼玉医大に合格しましたのは、北九州予備校フェリックスの先生方、古賀チューター、アスクレピオス寮の寮長、寮母様の温かい見守りとご指導とご鞭撻のおかげと思っており、心より感謝申し上げます。産業医大の試験があったときに家内と息子が寮を見学に行き、少数精鋭の環境、寮母さん、先生と話してやさしい人柄(特に寮母さんは山口出身で、前年度W君が同じ高校出身で合格されたこともあり、話がはずんだそうです)にひかれて、その日に入寮を決心しました。浪人することには賛成でしたが、フェリックスに入らなくても……という気持ちが正直ありました。
しかしながら、体験宿泊に四月末に行き、寮生が夕食後、真剣に勉強に励んでいる姿や、息子の毎日の寮生日誌を見て「ああ、こちらに預けて一ヵ月でこんなに変わるのか?」とびっくりすると共に、勉強に真剣に取り組む姿勢を教えていただいたことにも感嘆しました。古賀チューターも寮に来られて話をしていただき、この先生と環境なら来年か再来年なんとかいけるのではないか、と内心思いました。はっきり申し上げて息子のセンター試験の結果を見て、医学部合格には少なくても二年はかかるな、と直感していました。
息子が九月に帰省したとき十㎏痩せてスマートになっていたのにも驚きましたが、人間的にもたくましくなった感じがして、息子の頑張りを認めました。私もときどき手紙を書いて息子に自分の気持ちを伝えておきました。どのくらい気持ちが伝わったかはわかりませんが、少なくとも親に関する感謝の気持ちを北予備の皆様に教えていただいた、と思ってこの点も一生の財産になると思います。
幸い埼玉医大に合格することができ、本当によかったと思っております。息子にとっては今からがスタートですので、この浪人生活の経験を生かして、自分なりの理想の医師像を目指して頑張ってもらいたいと思います。最後に北予備の皆様、本当にお世話になりありがとうございました。
 
埼玉医科大学(医―医)合格 ST君(山口・慶進高校卒)のお父さん
 
30年前に北予備生活を送った私は迷わず北予備+寮を提案
「勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし」。思い返せば、昨年、受験生独特の緊張感、焦燥感も感じさせない、自宅での学習・生活態度に一抹の不安を覚えながらも、私自身「大丈夫なんだろう……」と、根拠のない期待を抱いておりました。
しかし、結果は、全国の受験生と勝負をし、勝ち抜くために必要な周到な計画と絶対的な学習量の欠如、何より自分自身の受験に対する甘い認識が招いた、いわば「必然」の、不合格という現実でした。
浪人が決まった時点で、私は迷うことなく「北九州予備校」で「寮」に入ることを提案しました。実は私自身も約三十年前、親元を離れて北予備で一年間浪人生活を送った経験から、異環境に身を置くことで気づくことがあること、同じ志を持った同世代の人間と過ごすことで、学習に対する姿勢、態度が変化してくること等を期待してのものでした。
当初は、初めての寮生活に不安もあったようですが、直ぐに慣れた様子。家内とも「親としてできることはこの環境づくりまで。学習面及び生活面の管理は、全て北予備にお任せする」と決めて、本人の自覚と努力を距離を置いて見守ることとしました。
或る日息子から『現役時代は、勉強量が足りなかった。甘かった……』ことを自覚し、捲土重来を期す覚悟で日々過ごしている旨の発言があった、と家内から聞き、確実に「変化」、「成長」していると安心しました。
受験という山を登る途中では、時にスランプに陥ることもあったようですが、森崎チューターをはじめ、寮長さん方のサポートのおかげで乗り切り、無事、合格を果たすことができました。深く感謝申し上げます。
ようやく辿り着いた山の頂からは、また新たな山が見えたはずです。何を見据え、どう進むのか、息子自身が切り拓く将来に、北予備での日々が必ず役立つと確信しています。
本当に有り難うございました。
 
京都大学(経済)合格 DI君(福岡・明治学園高校卒)のお父さん
 
フェリックス+寮生活を友人から聞いた娘はすぐに入校を決意
フェリックス校の先生方、チューターの古賀先生、職員の方々、そして中島寮の寮父母様、職員の皆様、本当にお世話になりました。
お陰様で、第一志望の大分大学に合格し、こんなに嬉しい日を迎えることが出来ました。
一年前、思わぬセンター試験の大失敗で、志望校に挑戦する事すら出来ず、本当に悲しい思いをしました。高をくくって私大を受ける準備もしておらず、結果は火を見るより明らか。友人からフェリックスのマンツーマン指導と、超厳しい寮生活の事を聞いてきた娘は、すぐにフェリックス入校の意志を固め、私と手続きに参りました。おそらく、入校一番乗りだったのではないかと思います。
もともと中津から日豊本線とバスを乗り継いで北九州の学校に六年間通った位ですから、十分、家からフェリックスに通う事も出来ましたが、「寮に入って頑張る」という意欲に圧倒されて即決しました。それでも親元を初めて離れるのですから、色々と心配しましたが、寮母さんにお会いした途端に迷いも消え、優しい笑顔に背中を押される思いが致しました。
娘はと言うと、周りには同じ志を持つ仲間がいて、文字通り寝食を共にして頑張っておりました。思う様に結果が出ないと不安がり、焦ったり、弱気になったりしていました。が、そこはチューターの先生もとても良くご存知で、叱咤激励してご指導して下さいました。
お盆もお正月も関係なく、本当に自分の極限まで頑張り抜いた娘を褒めてやりたいと思います。これだけやったんだ、という達成感は、この先の人生に於いて、大きな自信になる事でしょう。また、周りの方々に支えて頂いた事への感謝の気持ちも、忘れないで欲しいと思います。自分の夢に向かって歩き出すことが出来た今、これから社会のお役に立てるよう、より一層の努力を続けて欲しいと願っています。
最後になりましたが、本当に一年間、お世話になりました。有り難うございました。
 
大分大学(医―医)合格 NKさん(福岡・明治学園高校卒)のお母さん
 
「医に強い北予備」に魅せられて
三月十九日午後四時、パソコンに向かった娘が「あっ、あった……」と叫びました。
まさに「努力は実る」という北予備の校訓を実感しました。また、「最後の一秒まで粘りぬけ」。この教訓を胸によく一年間頑張り抜いたと思いました。
一年前、センター試験があと一歩と思いましたが、娘と二人で新聞の「医に強い北予備」のセンター合格者の得点をみてみると同じ位の人が、北予備では何人も医学部に合格していました。
「寮に入って、北予備で一年間頑張りたい」という娘の気持ちを受け、山口校に電話した所、可部チューターから連絡があり、山口校から徒歩三分の立志寮の見学に行きました。そして入寮いたしました。立志寮の環境は良く、寮ではバランスのとれた美味しい食事を用意して頂き、寮長・寮母さんが大変親切でした。
在寮中何度も発熱し、体調を崩した娘を我が子の様に心配し、病院に連れていって下さった寮母さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。また、ご自身の医学生を育てた経験を話して下さったり、一年間励まして下さったことにより、娘が常に志を高く持て、モチベーションを高く保てたと思っております。
合格までの長い道のりを支え、面接をご指導下さった校長先生をはじめ、石井チューターや講師の先生方、そして親代わりとなって見守って下さった寮長・寮母さんには、心より感謝致します。本当にありがとうございました
 
産業医科大学(医―医)合格 松尾 萌さん(福岡・明治学園高校卒)のお母さん