2013「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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月に一度、北予備から送られてくる便りは心遣いが有難かった
 「努力は実る…」「努力は実るからね…」と、事あるごとに北予備のキャッチコピーとなっているこの言葉を言い続けてきた一年でした。それは、本人へ言いながらも、まるで私自身に一番に言いきかせているようでした。
 昨年の入寮の日は、桜も終わりを告げそうなときでした。麗らかな春の陽差しが、頑張っていかなければという気持ちよりも、どうなっていくのだろうという不安な思いを、ますます駆り立てていくかの様でした。
 そんな気持ちを抱えながら、初めてお会いした寮長先生が受験に対しての心構えや勉強の仕方や内容までも、きちんと話をして下さり、不安ばかりが先立っていた私の気持ちは、すっかり「ここでなら大丈夫だ」という思いに変わりました。月に一度、送られてくる北予備からの便りも心遣いが感じられて、本人がやってきたスケジュール表やタイムカード、献立表を見ながら、一ヵ月の本人の頑張りに心を寄せてきました。友人達と一緒に写った写真も同封されており、とても有難く思いました。
 予備校での勉強だけでなく、来る日も来る日も寮での自主学習をやってこれたのは、寮で出会えた友人達のおかげだと思います。
 これは、北予備の先生方が言われる、「受験は団体戦」そのものだと思います。本人にとって、この一年の経験、出会えた友人達、お世話になった方々は忘れられない、これからも大切に繋いでゆきたいこととなったと思います。
 昨年の春、何度も強く思い描いた合格の知らせを、今年は、まだ春浅いこの時期に受け取ることが出来たことを嬉しく有難く思います。これまで支えて、前へ前へと進ませていただきました、寮長先生、寮のスタッフの方々、北予備の先生方、本当にありがとうございます。心より感謝致します。
 
徳島大学(医―医)推薦合格F・K君(福岡・祐誠高校卒)のお母さん
 
各予備校の資料は、どこも良いことしか書いていませんでした…
 先週、子供が第一志望で合格した宮崎大学に新生活の手続きに行ってきました。自然豊かなキャンパスを子供と歩きながら、咲き始めた桜並木の下で感無量でした。去年の今頃、不合格を受け、親としてこれから子供の将来のために何をしてやれるか考えたのを思い出しました。ネットで各予備校の情報を集め、資料を取り寄せました。どこも良いことしか書いていないように見えた中、北予備の「お母さんお願いします、北予備で浪人させて下さい」という言葉に目がいきました。資料からは、出席を取る、茶髪・ピアス禁止など、高校並みの厳しさで勉強する環境を作っていくことがわかりました。最初は大手の自由な校風に引かれていた子供でしたが、ある日、「北予備に行かせて」と言い出しました。それを聞いて、「いよいよ本気で勉強する気になったんだな」と確信しました。
 清水チューターからは毎月クラスの様子についての便りや出席状況、模試成績の他、子供のスナップ写真が送られてきました。そこには数ヵ月前不合格になりしょげていた姿はなく、真剣にクラスメートと切磋琢磨する様子や、屈託なく笑って弁当を広げる様子がありました。北予備が親の一番願うこと「子供にとって充実した浪人生活であって欲しい」を実現してくれていると実感できました。
 センター後の三者面談で清水先生から「大丈夫でしょう」とのお言葉を頂きながらも親としては心配でしたが、結果は先生の予想通り全勝で受験を終えることができました。一年の浪人は子供の人生のごく一部かも知れませんが、挫折からの合格とその後の大学生活は人生に大きく影響するでしょう。自分の思いだけではどうにもならないことがあるということや、努力して初めて開かれる扉があるということを知ることもできました。本当にこの一年間ありがとうございました。北予備に預けて良かったです。
 
宮崎大学(農―畜産草地)合格T・T君(福岡・筑陽学園高校卒)のお母さん
 
「北予備に入寮して決意を示せ。それ以外は許さない」
 待ちわびた春がやっと到来し安堵の気持ちでいっぱいです。合格まで導いて下さった北予備の皆様に深く感謝申し上げます。
 振り返ればここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。一浪目の息子は大手予備校に通っていたのですが、途中から行かなくなり、金髪になったその容貌からはとても受験どころではなくなり、終いには家を出て行ってしまいました。
 やがて受験シーズンも終わる頃、息子が悔いた様子で戻って来ました。好き勝手に過ごした日々の結末は、焦燥感と虚しさを残しただけでした。
 息子は二浪目を主人に願い出てましたが、主人の条件は「一番嫌がっていた北予備に入寮し、その決意を示せ。それ以外は許さない」というものでした。が時すでに遅し、三月末ではどの寮も満室でした。万事休す…と諦めかけた時、運はまだ息子を見放してはいませんでした。小倉寮が新設される事になり、すがる思いで入寮をお願いしました。新設された事で、息子の人生が救われたと言っても過言ではありません。与えられたチャンス、精一杯に頑張ると決意した息子は更生の道を、私達家族は再生の道を、踏み出す事が出来ました。
 人って環境や、希望を持つ事によってこんなにも変われるものなんですね。それも若ければ振り幅も大きい。北予備の志気の高い皆さんと一緒に過ごさせて頂いた一年間は、息子にとって人生をとり戻す事ができた大切な経験となりました。そして努力は実ると実感した喜びは、これからの人生の糧となるはずです。コツコツと努力する事は、地味で、小さな積み重ねの繰り返しで、辛抱のいる事ですが、これほど確かで強固に結果に繋がるものはないという事を、息子そして私も知りました。
 先生方、寮長様、寮母様、本当にありがとうございました。
 
早稲田大学(教育―社会学)合格D・S君(福岡・福岡大附属大濠高校卒)のお母さん
 
息子「医者になるから浪人させて」。主人「浪人するなら北予備」
 昨年の今頃、北海道大学法学部前期試験、不合格となり、浪人決定となりました。高校一年の進路決めの時、部活に打ちこみたいという事から文系を選択し、札幌が好きという理由で志望校を北海道大学に決めました。高三の秋の模試ではすでにA判定でしたので、絶対合格するものと思っていました。が、まさかのセンター失敗。二次で頑張ったのですが、思った程英語がとれず、三点差で不合格となってしまいました。
 浪人決定後すぐ陸前高田にボランティアに行った為、その間に私達夫婦が勝手に北予備小倉駅校の入校予約をしてきました。高三の時の口癖は「おれは、まだ高校生。何がしたいかは決められない」でした。浪人すると決めた時、子供が主人に言ったのは「医者になるから浪人させて」でした。こちらの条件は、浪人するなら北予備でした。なぜなら主人も文系大学卒業後、北予備に御世話になり、いちばん下のクラスから、一年で医学部に合格し、現在は内科医をしているからです。
 寮での規則正しい生活、今までになかった勉強習慣がつき、周りの友達から刺激をうけとても良い一年が送れた様です。前期試験発表前、もしダメならまた大志寮に入りたいので予約をお願いと連絡があり、すぐ入寮予約をしましたが、勉強するならココという強い思いがあった様です。
 無事一年で合格できほっとしています。
 中村寮長先生御夫婦、いつもありがとうございました。副寮長先生、高熱を出した時、御心配おかけしました。また、二組の竹田先生、七組の渡部先生、最後まで御世話になりありがとうございました。
 
宮崎大学(医―医)合格T・K君(福岡・明治学園高校卒)のお母さん
 
北予備の校風は保護者にとって魅力的なものでした
 一年間ありがとうございました。まずは、北九州予備校小倉駅校の校長先生をはじめ職員のみなさまに、御礼の言葉を述べさせていただきます。
 昨年三月の入試が終わり、迷うことなく北九州予備校に入学手続きをしに行きました。北九州予備校を選んだ理由は、何といっても厳格な校風にあります。一年間受験勉強に耐えぬくためには、自分自身に厳しくなければならないと考えていました。そのためには、北九州予備校の厳しさは、保護者にとっては魅力的なものでありました。
 入学当初より竹田チューターにはいろいろとお世話になりました。時には優しく、時には厳しく娘を導いてくださいました。一番心に残っているのは、入学間もない四月の初め、娘が体調不良で早退することになった時、自宅まで送っていただいたことです。竹田チューターの細かな心づかいに、娘のこれから始まる予備校生活に対する緊張がほぐれていったように思われました。
 また廣渡校長先生には、毎朝声をかけていただきありがとうございました。「今日も校長先生と話したよ」と、夜帰宅した娘がうれしそうに話してくれると、私たちも娘のためにバックアップをしていこうと、改めて気持ちを引き締めることができました。
 娘にはすばらしい友人もでき、日々切磋琢磨することができたように思います。
 この一年間の生活は辛く厳しいものもあったと思いますが、娘にとって掛け替えのない貴重なものとなりました。これから始まる大学生活も決して平坦なものではないでしょうが、北九州予備校で学んだ様々なことが、きっと役に立つと確信しています。
 
長崎大学(薬―薬科学)合格M・Kさん(福岡・明治学園高校卒)のお父さん