2013「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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昨年入試前に寮を予約。「もしもの時は1年間頑張る環境がある」!
 平成二十五年三月十九日、産業医科大学に合格したとの連絡を受け、この一年間、医学を目標として頑張ってきた日々が思い起こされました。
 昨年三月、国立大学後期試験前々日に北九州予備校を訪れました。丁寧に説明していただき、寮の見学にも行きました。その際、新しく出来たなでしこ学寮を第一希望といたしました。試験の前に予備校の予約をするのもどうかと思われるかもしれませんが、「もしもの時には一年間頑張る環境がある」と、安心感もありました。後期での合格がならず、四月からなでしこ学寮での生活が始まりました。
 住み慣れた北九州での生活ではありますが、娘が初めて自宅から出て、親子とも、こんなに寂しく感じるとは思いませんでした。寮長さんや寮母さんに温かくしっかりと支えていただき、次第に寮生活にも慣れました。現役時代は時間があればゆったりと過ごしていました。眠るのが好きで、良く寝ていました。寮生活では生活リズムが整い、他の寮生と勉強する事でモチベーションも保ち易くなります。娘は「寮に入って本当に良かった」と繰り返し話していました。北九州予備校のチューターの先生からも適切なアドバイスをいただき、事ある毎に励ましてもらいました。
 成績が伸びて十月の防衛医科大学校一次試験に合格し、大変喜びました。一月のセンター試験を迎え、今年は難化したため平均点は下がりましたが、現役時代に比べて得点を伸ばす事が出来ました。娘は父親の病気等を契機に働く人の健康を守る医療にも興味をもち、産業医科大学を受験いたしました。
 浪人生活は精神的に苦しい時もありますが、人生に立ち向かい、つかみとっていくという体験が得られます。また、成長できる機会にもなります。この体験をこれからの人生の中で生かしてほしいと思います。お世話になった皆様に感謝し、この体験記を終わります。
 
産業医科大学(医―医)合格K・Tさん(福岡・小倉高校卒)のお母さん
 
縁あって父子2代で北予備通いでした
 思いおこせば一年前、予備校選びから始まった浪人生活。なんとなく縁がありそうな予感(息子の父も北予備通いだった)で入学を決めました。今は、感謝の気持ちで一杯です。勉強ばかりの毎日に耐えていけるのか、思うように成績があがるのか、そして、合格が待っているのか、たくさんの不安がありましたが、とにかく毎日のお弁当づくりに加え、土日曜日の朝も早起きして見送り、帰りは、十時三十分からのご飯作り…と、とても大変だなあと思うこともしばしばありました。
 しかし考えてみると、一番不安なのは息子自身であり、休みたい、勉強したくない、遊びたいという気持ちもどこかへしまっている姿をみると、親も頑張るしかありません。代わりに勉強してあげるわけにもいかず、試験を受けてやるわけにもいかず、してやれることは、毎日のささやかな事を信じてやることだけでした。そして北予備の指導を信じて任せるだけです。厳しい毎日をのりこえてこれたのは、北予備の指導の賜物と思っております。叱咤激励で支えて頂いたことだと思います。
 徐々に徐々に上がっていった成績をみると、質の高い授業内容がうかがわれました。なんといっても毎月送られてくるタイムカードには、安心感が感じられました。成績表を見ても難しくてよく理解できませんでしたが、送られてくるだけで安堵したものです。
 おかげ様で、無事に合格することができ、これ以上の喜びはないくらいうれしく思います。息子と北予備を信じて良かったと心から思うと同時に、この一年間の経験をこれからの糧にして、たくさんの困難を乗りこえてくれる事と信じております。
 北予備の皆様方に心よりの感謝とお礼を捧げたいと思います。ありがとうございました。
 
大阪大学(基礎工―電子物理)合格U・F君(福岡・門司学園高校卒)のお母さん
 
東大リベンジの息子にとって『ここは勉強するには最高の環境』
 「努力は実る」の言葉通り、息子の努力は実りました。「北予備に預けて良かった」と、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
 思えば一年前、東大の前期試験に失敗し、後期試験に受かったものの、自分から「やはり東大を目指したい。もう一度、挑戦させて欲しい」と言いました。本人がそこまでいうならと、応援することにしました。予備校は迷わず北予備に決めました。息子は、さらに「寮に入りたい」とも言いました。自宅から通えるにもかかわらず、どうして?と思いましたが、厳しい寮生活に自分を追い込んで、頑張りたいと強く覚悟を決めたのだと思い、承諾しました。
 初めは、やっていけるだろうかと不安でしたが、何度か宿泊体験をさせていただいて、息子たちの生活の様子、自習の様子を見せていただき、ここは勉強するには最高の環境だと確信しました。ここは、勉強だけでなく規則正しい生活習慣も身につけることができる所です。そのお陰で、病気もせず、勉強に集中できたと思います。また、まわりに、同じ目標を持つ仲間がいたから、気持ちが途切れることなく、最後まで維持できたのでしょう。このような環境で勉強させていただいたこと、本当に感謝します。
 この一年間、北予備で学び、「努力は実る」を身をもって体験し、強い精神力と自信を持つことができました。「浪人して良かった」と思えるほど、人生の中で価値のある一年になりました。
 寮では、生活面を支えて下さった寮長・寮母さんをはじめスタッフの皆さん、受験に向けてご指導して下さった徳永チューターをはじめ諸先生方、本当にありがとうございました。
 
東京大学(理Ⅰ)合格A・I規君(山口・下関西高校卒)のお母さん
 
親からのアドバイス。「本当に合格したいなら北予備」
 「これよねぇ」と、今どきのスマホで合格発表の番号を見せながら、もう片手に受験票。二人で今一度それらを見合って一瞬の沈黙の後、「よくがんばったね、おめでとう」。十何年ぶりでしょうか、息子を抱きしめていました。もうこれから先、この様に抱きしめることもないし、我が手から巣立っていく寂しさと、希望へ向かう期待と様々な感情のもとに。
 一年前志望大学の合格発表の日、息子の番号がみつからず、親子で悲しみに打ち拉がれました。急いで息子に掛ける言葉を探しましたが、私自身も現実を飲み込むのが精一杯で、子育てをしていてこれ程無力感を感じたことはありませんでした。
 二日間、息子にとって一番良い形はどうあるべきか悩みましたが、敢えて導くことをやめることにしました。この現実をしっかり受け止め、自分が本当に描いている未来を手にするためには、自分の力で立ち直らないと、道は開けないと悟ったのです。
 リベンジを決意した息子の顔はとても清々しく、本当に合格したいなら北予備で自分を追い込むことを勧めました。昔から厳しいと評判の北予備ですが、ぬるま湯に浸かっていては本来の道を曲げることも容易にしてしまいます。親として息子が意志を貫くことを応援することのみに徹することにしました。
 現役で合格し、そのまま楽しい大学生活に入れていれば経験できなかったこの一年。自分に足りない部分の補い方も身に付け、自ら解決していく術を北予備の先生方が教えて下さいました。こんなに重く苦しくもがいた一年も、合格の文字を目にした瞬間、愛しい日々に変わっていました。
 親としては、ただひたすら応援の気持ちを込めて毎日のお弁当を作っただけです。
 共に励まし合った級友は宝でしょうし、北予備で学ばせて頂いたことは、社会に出てもきっと生かされると信じております。
 
名古屋市立大学(芸術工―産業イノベーションデザイン)合格H・O君(山口・早鞆高校卒)のお母さん
 
北予備+寮で修行してから大学入学することをお勧めしたい
 「浪人させて良かった、と思える日がきっと来るよ」と友人に励まされ、また、高校の先生方にも勧められて不合格の悲嘆にくれる娘を何とか北予備に入学させました。今では、確かに北予備での経験は、娘にとって一生の宝になったという思いでいます。
 まず何よりも良かったことは、入寮して、本人がこれ以上ないほど真摯な努力ができたことです。寝食の時間を惜しんで勉強に打ち込んでいる様子がよくわかりました。見学に行ったとき、寮での自習時間の緊迫感は神聖にさえ思えました。自宅ではそれほどの集中力で勉強することは無理でした。寮に入れていただいたとき、それまでの自分の甘さがよくわかったと申しておりました。
 次に本人にとって良かったのは、スケールの大きな話を講師陣やチューターから聞かせてもらえたことだと思います。いろいろな人生があるのだということを教えていただいて、娘の視野はがぜん広がったようです。いろいろな先生方の破天荒なよもやま話を楽しそうに話してくれました。その珍しいお話を聞けただけでも浪人してよかったね、と言っていたくらいです。
 もちろん、つらくて涙の出ることも何度かありました。その時には、親にはできないサポートをしていただきました。校長先生、チューター、寮長・寮母さま、北予備の皆さまには、心から感謝いたします。寮の見回りをしてくださる職員さんは、卒業生でもあり、オロオロする私までも励ましてくださいました。また私への寮母さまのアドバイスは本当にありがたいものでした。そしてカウンセラー役のおばあ様までいらして…いろいろな方から見守られ、応援されているのだと気づき大変安心したものです。
 北九州予備校山口校と立志寮は、むしろここで修行してから大学入学されることをおすすめしたいくらいの所です。本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 
山口大学(医―医)合格N・Tさん(山口・慶進高校卒)のお母さん