2013「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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宮崎校開校1年目で、娘も宮医合格の結果を残せた
 ◎自分に負けなかった娘
 「お母さん!!番号があるんだけど…」。部屋から出てきた娘の足は、ガクガクと震えていました。地域枠推薦の合格発表の日でした。家族みんなが信じられず何度も、受験番号と携帯を見直し、やっと合格を実感した。
 小さい頃から医師になる夢を持ち、浪人が決まった一年前「北予備に行かせて欲しい」と娘の意志は固く、この宮崎校を選びました。とても厳しいとの評判をいろんな人から聞き大丈夫だろうか?と不安だったのもつかの間、娘は北予備での規則正しい生活に慣れ、毎日の様子を楽しく話してくれました。
 模試の結果も、現役の時とは比べようもないほど点数もアップし「このまま頑張れば合格も…」と思って臨んだセンター試験。昨年と変わらない点数で、学部を変えようかと悩んでいましたが、チューターからのアドバイスを受け、前期試験に向け気持ちを切り替えたばかりでの、まさかの合格でした。
 一年間の北予備での生活は、決して楽しい事ばかりではなかったと思います。朝から、夜遅くまでモチベーションを維持できたのは、チューターとの信頼関係、共に励まし合える仲間の存在が大きかったと思います。
 娘には以前から、「人に負けても、絶対に自分の気持ちには負けないように」と言い続けました。
 この一年、自分に負けず、努力を続けた結果、夢である医学部に合格できたのだと確信しています。
 宮崎校開校一年目で、結果を残す事が出来たのは、娘の大学生活が始まる中で、またこれからの人生の中で忘れられない一年間だったと思います。
 「努力は実る」「自分に負けない」
 北予備の皆様の熱意や支えにより合格の日を迎える事が出来、本当に感謝しております。
 ありがとうございました。
 
宮崎大学(医―医)推薦合格T・Iさん(宮崎・宮崎西高校卒)のお母さん
 
「夜中過ぎの勉強は禁止」の説明に、娘を宮崎校に預けると決めた
 一年前は、合格発表の掲示板に番号が無いことが信じられず、数日間は涙しか出ず苦しい時間が過ぎました。涙が出つくしたところで、先のことを考えた時、県外の予備校での浪人生活を考えました。自宅にいると甘えがでる、心機一転して環境の変化を望んだからでした。しかし、北予備宮崎校の新しい看板をみて、藁にもすがる想いで話を聞きにいきました。はじめに、「今年の受験は大変だったでしょう」の一声。何でもない言葉かもしれませんが、その優しく云われた言葉に私はまず救われ、「無理に寮生活をする必要はない。自宅から通い、北予備で二十一時四十分まで勉強し、帰ったら寝る、という規則正しい生活が大事。夜中過ぎの勉強は禁止」との説明に、私は明るい希望を持ちました。娘を北予備宮崎校にあずけることに決め、娘も気持ちを切りかえ、一年間の計画・目標を立てることで、立ちなおり再スタートすることができました。
 北予備生活は、朝から夜遅くまでの勉強で、大変苦しい時間であったと思いますが、笑顔で帰宅する娘に私も含め家族皆、元気づけられました。高校時代は夜遅くまで勉強する娘の姿を見て心配しましたが、北予備生活では夜中、ぐっすり眠る娘を見て、健康面での心配は無くなりました。北予備では、校長先生はじめ、チューターの先生方、事務の方、沢山の先生方に支えられ、助けられました。この北予備での生活がなかったら、一年間頑張ることができなかったと思います。
 今回、合格発表の掲示板に番号が有ることが信じられず、一年前の悲しみの涙から感動の涙に変わることができました。この一年、努力を積み重ねた娘に感動・感謝し、娘も支えてくださった、沢山の先生方に深く感謝いたします。これからが、また新たなスタートとなります。これまでの努力を忘れず、さらに頑張ってほしいと思います。
 
宮崎大学(医―医)推薦合格M・Nさん(宮崎・宮崎西高校卒)のお母さん
 
ランクアップして京大合格の二つの要因
 はじめに、これまでご指導いただきました、講師の皆様をはじめ、北九州予備校の職員の皆様にお礼申し上げます。
 さて、昨年の不合格から今回の合格までに本人が得たものが二つあります。ひとつは、「生活の規律」そして「新たな挑戦」です。北予備に入学して以来、本人がもっとも変わったことは「生活の規律」が整ってきたことではないかと感じています。それまでの高校生活では、夜更かしや遅刻など不規則な生活が続いていました。そのため、睡眠や食事など生活の基本的なリズムができていないまま受験を迎えたのではないかと思っています。北予備では、遅刻したときなど、その都度ご連絡をいただくなど生活の面からも丁寧なご指導をいただき、その高度な授業と同様、今回の結果に至るひとつの鍵であったと確信しています。
 また、この一年で得たもうひとつのものが「新たな挑戦」です。一年目の受験は、それまでの模試などの判定から考えれば、やや実力不足での受験であり結果はやむを得ないものでした。ここで、この時の目標に拘らず、より高い目標に向けた取組ができたことは、講師の皆様からの前向きなご指導があったこと、そして何より毎日の丁寧な授業やご指導など、目標に相応しい実力を養うことができる環境が整っていた故であったと思います。また、そのような困難を伴う決断を本人自らが下すことは、やはり成長のひとつであり、親としてうれしく思っています。
 最後に、浪人した一年間は、取り戻すことのできない時間ではありますが、北予備で得たものは、本人にとってこれからの学生生活やその後の社会人としての自信や信念を身につけるきっかけとなるものであり、これまでの親としての力不足を自省するとともに、あらためまして北予備の皆様に感謝申し上げます。
 
京都大学(法)合T・K君(宮崎・宮崎西高校卒)のお父さん
 
3年の季節がめぐり今年は桜がきれいな春がきた
 昨年三月末、防医と久留米と近畿の補欠を頂きながらついに合格通知が来ることなく、娘と荷物の整理をしたことを思い出します。フェリックスで使った二年分のテキストやプリントやノートの山をひもで結びながら、さめざめと涙を流す娘の姿を思い出すと、今でも涙が出ます。娘の心の中には、これだけ頑張ったのにどこにも合格できなかった悔しさと、三浪への不安が入り混じっていたと思います。そんな娘にそこまでして医学部に行かなくていいよという気持ちと、三浪しても合格できないのではという気持ちで一杯でした。しかし、心を鬼にして、自分で決めた道でしょう。来年は今年補欠合格が来なくてよかったと言えるように絶対国立医学部に合格しなさいと言い、四月一人でなでしこ学寮に送り出しました。
 フェリックスから小倉駅校に移り、心機一転受験勉強を開始しました。フェリックスではすべての教科を基礎の基礎から鍛えてくださいましたので、駅校に移ってからは順調な成績を修めることができました。途中、成績が落ち不安な時期もありましたが、渡部チューターにいつも的確なアドバイスと励ましを、娘も私たちも頂きながら乗り越えてきました。
 どんなに頑張っても試験の結果を見るまでは不安なものです。今年はようやく努力が実り私立も正規合格を頂きました。そして念願の大分大学医学部の合格を頂いた三月六日を忘れることができません。電話から聞こえる「合格したよ」という弾んだ声。本当によく耐えて頑張ったね。この三年、季節がめぐって春がきても心の中は春とは言えず、今年はやっと桜や庭のパンジーがきれいと思える本当の春がきました。
 同じ夢に向かって努力する仲間がどれだけ娘を支えてくださったことでしょう。なでしこ学寮の寮長・寮母さん、中島寮の寮長・寮母さん、渡部チューター・大山チューターや岡部チューター、菊田事務長、娘を支えてくださりありがとうございました。
 
大分大学(医―医)合格N・Mさん(宮崎・宮崎西高校卒)のお母さん
 
いくら寒い冬の日でも息子はペダルを踏み北予備へ通った
 「どうしても大学に行きたい」という息子の決めた選択が北予備でした。厳しい一年になると覚悟をして親子とも臨みました。我が家は田舎で不便な場所にあり、通学もままならないので、宮崎に居る長男宅に居候させてもらう事にしました。
 実家にはあまり帰って来ず、少し淋しい一年ではありましたが、月一回北予備から送って来る息子のタイムカードと成績表、それに何より一番嬉しかったのが写真です。何気ない普段の一コマにいつも胸が一杯になりました。成績の方は一喜一憂ありましたが、辛いとは一言も言わず「予備校の皆で頑張ってるから楽しい。それに甲斐チューターがついてるから」と、離れて暮らして淋しい思いをしているのは親だけでした。一年間を振り返ってみて私がした事、それは今この作文を書いている事だけです。
 しかも、合格した者だけが書く事のできるこの作文を書かせてもらえるなんて、いくら感謝してもしつくせない思いです。
 春に入学してから梅雨の時も自転車通学で毎日、頑張りました。夏には成績が上がりましたが、秋には応用編に追いつけずとても苦労しました。冬はいくら寒い日でもペダルをふみ続け北予備に向かいました。温かい皆さんの待つ北予備へです。この一年本当に頑張りました。それもこれも北予備の皆さんの導きのたまものです。
 「こんばんわ、友郎の母です」と宮崎校には数回しかお伺いした事ありませんが、スタッフの皆さん「あっ友郎君の!!もうすぐ来ますよ」と、出てくる時間まで教えて下さりビックリしました。辛く厳しいんだろうなと想像していた北予備生活はとても温かく楽しい一年間でした。
 息子が浪人したおかげで貴重な体験をする事ができました。最後になりましたがスタッフの皆さん、甲斐チューター、いつも優しくして下さってありがとうございました。感謝。
 
熊本大学(工―機械システム)合格T・K君(宮崎・日南高校卒)のお母さん