保護者の合格体験記(Felix編)

 
フォーム
 
大分大学(医-医)合格 Y・S君(大分・岩田高校卒)のお母様より
「高1の時から『浪人するなら北予備』は息子との決まり事
 
 「たぶん、合格したらしい」との連絡が届きましたが、合格通知が届くまでは信じられず、息子の元に届いた合格通知を古賀チューターが読んで下さいました。あっけなく、受験が終わってしまいました。
 高校一年の頃より、浪人するのなら、北九州の北予備でというのは、息子との決まり事でした。昨年センター試験が終わった時点で、フェリックスでの一年に懸けようと決心し、「国公立医学部合格」「一年の浪人」この事は忘れないようにと、息子に伝え送り出しましたが心配でした。しかし、月に一度届く便りには写真も添えてあり、安心しました。
 そして、夏、帰省した時、
 「俺にとってこの浪人生活は必要なんだ。もし、現役で医学部に合格していたら、自分はダメな人聞になっていたと思う」「北予備は厳しい事はないよ、ただ、ただ、勉強さえしていればいいんだ」と話しました。成長している事を感じホッとしました。
 そして、私立医学部の受験。一次合格はするものの、二次の合格通知が届きません。そんな中、二次試験移動中の発熱、インフルエンザ感染、電車の踏切事故での足止め、心が少し折れそうになっているのを感じました。それでも、次…次…と宿の予約、電車の予約を伝えながら、北予備だよりの「意志あるところに道あり」「最後まで走り抜いた者が勝つ」の言葉をメールで送りました。
 本当に「努力は実りました」。
 最後に、いつも笑顔のチューター、職員の皆様、学寮アスクレピオスの寮長寮母さん、そして、一緒に医学部合格に向けて、机を共にした仲間達、決してひとりではなく、あたたかい見守りの中で、勉強に集中できる環境を作って頂いた事に感謝しております。
 本当にありがとうございました。
 
 
久留米大学(医-医)合格 K・Tさん(長崎・青雲高校卒)のお母様より
「息子は胸を張って言うでしょう。『北九州予備校出身です』!
 
 「若い時の苦労は買ってでもしろ」といいますが、息子の場合は正にその通りでした。一年間浪人し、自分で何をすべきか考えて行動する。辛くても自分に負けず目標を目指してぶれずに努力する。苦労が苦労と思えない程成長しました。この浪人生活は息子にとって血となり肉となったことでしょう。これから医学生として勉学し、医師となっても医学の進歩についていく為に、精進を怠らない礎になったことと思います。
 北九州予備校でこれだけ勉強に集中できたのだから、高校の時にもう少し勉強していれば良かったのでは?と息子に問いかけた事があります。息子の答えは、「その時どきにやれる事がある。高校で部活(バレー部)を辞めたとしても、勉強に集中できたとは思わん」でした。
 北九州予備校フェリックスは、その息子にやる気をおこさせる予備校でした。携帯禁止、タイムカードでの生活管理等、色々と制約がある中、優秀な講師の先生方のご指導は大きかったと思います。わかりやすい、質問しやすい、先生方が熱心、と感激していました。
 事務長の愛惰に満ちた叱咤激励。寮母さんの美昧しい食事。「北九州予備校は受験生にとって最後の砦」。ここでできなければ、どこに行ってもダメ、と、自分と先生方を信じ、謙虚な心で勉強に向かった結果、今回の合格が得られたと思っています。
 人間にとって、成功体験は生きていく上での財産です。それが北九州予備校フェリックスという厳しくも秩序ある予備校生活で成し遂げられました。
息子は、これから胸を張って言い続けることでしょう。
「僕は、北九州予備校出身です」と…
 
 
帝京大学(医-医)合格 M・Mさん(広島・ノートルダム清心卒)のお父様より
「ここまで親切に教えてくれるのか!」
 
 浪人が決まった時、色々な予備校の情報を集めました。周囲の方からは、「北予備は鍛えるよ。その環境が合えば、伸びるよ」と言われ、Felix校に見学に行きました。そこで見た多くの合格者の氏名や合格を目ざして真剣に勉強する生徒の姿、学校の方針の説明、中島寮の設備、雰囲気等に触れ、「北予備に懸けてみよう」と親子共々決心しました。
 3月16日から始まったスタートアップセミナー、集団生活。「この生活に耐えられるだろうか。耐えてくれ」という思いで一杯でした。妻は毎日のように手紙を書き続け、月に1回のリフレッシュタイムには、妹と共に会いに行きました。妻によると、娘は返って生き生きしているように見えると言っていました。厳しい環境は相変わらずですが、それを意欲的にこなせる姿は不思議にすら思えました。それは第1回の保護者会の時に解決しました。チューター、事務長と話をさせてもらって、ここまでフォローしてくれるのか、また各教科の先生方は、質問を何度繰り返しても、ここまで親切に教えてくれるのか。「小倉のお父さん、お母さん」こと、中島寮の寮長・寮母さんもここまで親身になってくれるのか。加えて毎月送られて来る生活状況や栄養を考えたメニュー表を見て、結果も出ていないこの時点で、「北予備なら何とかしてくれる」と思ってきました。成績も変動はあるものの次第に上がっていきました。
 スランプの時もあったと思いますが、北予備だから乗り越えられたと思っています。寮生活で出会った友人にも感謝です。励まし合いながら切薩琢磨した友達がいたからこそ、今があるとつくづく感じます。退寮して一週間がたちましたが、あらゆる行動に心配りが出来るようになっているのに驚きました。北予備は学力だけでなく、人間性も高めてくれました。今は本当に北予備に行かせて良かったと思っています。大変にお世話になりました。
 
 
北里大学(医-医)合格  Y・S君(長野・松本深志高校卒)のお母様より
「2浪目は北予備以外は行かせない」
 
 息子の高校時代は勉学とは無縁の生活でした。よく卒業できたものです。そんな状態ですから、大学進学など考えられませんでしたが、本人が「とりあえず予備校で一年勉強して受験したい」と言う言葉を信じて浪人させる事にしました。息子の怠惰な生活を3年間知っている私としては、生活面からしっかりサポートしてくれる北予備を勧めましたが、厳しい予備校という情報に怖じ気づいた息子は、さっさと他の予備校を決めて、そちらに行く事になりました。
 案の定、自分に甘い生活は改善されず、無駄な一年間が過ぎました。「2浪させるなら北予備以外は行かすつもりはない」と、私も覚悟を決め、息子も自ら覚悟してお世話になる事になりました。今思えば、親もそれまで厳しさが足りなかったと思います。正直、北予備でダメなら私もあきらめがつくといった思いでした。
 北予備で生活が改善された息子は、初めて大学受験に真剣に向きあいました。そして現実の受験の厳しさを実感した時、挫折しそうになった時もありましたが、チューターが多くの時間を使ってくださり、何とか乗り越える事ができました。
 これまでの息子は自分から逃げてばかりの人生でしたが、もう次が無いと知ってからは変わった様子でした。
 合格できた事は本当に良かったと思っていますが、それ以上に、北予備できちんとした生活をする事で、真剣に自分の人生と向きあえた事は、これからの息子の宝になると思っています。
 無力な親に代わって、すべてを受け入れて力になってくれた北予備のチューターをはじめとする職員の方々、寮の方々に感謝の気持ちで一杯です。
 
 
愛知医科大学(医-医)合格  Y・H君(愛知・名東高校卒)のお父様より
「北予備の医学部実績に藁をもつかむ気持ちで門を叩いた」
 
 「医学部に進学したい」という思いはあるものの、本人の甘い考えから受験失敗を繰り返し、後がなくなった状況に追い込まれていました。そんなとき、北予備の医学部合格の実績を目にし、藁をもつかむ気持ちで門をたたきました。ただ、遠い地で、自分を追い込み頑張れるのか、実際に様子を見ることができないため、不安でいっぱいでした。
 しかし、毎週末に送られてくる講師所感で、授業への取り組みや内容の理解度を知ることができ、離れた地に行かせているという不安はなくなりました。また、そこに記入してある講師の先生方のコメントから、本人の頑張りを認めるとともに、足りない部分を的確に指摘していただけていることも分かりました。その上、その時々に応じてチューターから適切な声掛けが行われていることも分かり、受験に向けて十分な環境にあると思いました。
 あとは、本人の努力次第ですが、過去の様子から心配は尽きませんでした。しかし、北予備の蓄積されたノウハウのおかげで、こつこつと学習を積み重ねることができ、夏頃には、本人も手応えを感じることができるようになっていました。また、合格するための具体的な目標を絶えず示していただけたため、一段と気合いも入り、実力をより伸ばすことができたと思います。
 そして、受験に対する心構えや書類提出等も、丁寧に指導いただけたおかげで、たくさんの合格通知を受け取ることができた上に、第一志望校に正規合格することができ、本人・家族ともに大きな喜びに包まれました。
 この一年間、北予備でお世話になったチューターをはじめ、講師の先生方や職員の方々に感謝申し上げます。また、親代わりとなって、体調管理だけでなく、精神酌な支えとなっていただいた寮長夫妻にも心よりお礼申し上げます。
 北予備にお世話になって本当によかったと思っています。
 
3