2014「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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雨の日も風の日も2個の弁当を持って北予備宮崎校へ

 「ウォ!!」自宅の2階で、その時を待っていた息子の部屋から大声がした。階段を下りてくる。「合格したんじゃない!?」私は居間にいた夫に叫んだ。「あった!受かってた。」息子は震える指先で、スマホの中の受験番号を指した。とたんに、私の目から涙が溢れ出した。
 2年前、北予備宮崎校に入学してから、息子は本当によく頑張った。高校の頃から引き続き、自転車での通学。息子の背中には教科書や辞書でずっしりと重くなったリュック。自転車のカゴには、2個のお弁当とお茶と眠けざましのコーヒーポット。雨の日も風の日も休むことなく通学した。
 1年目、不合格。合格に自信のあった息子は福岡まで赴き、合格掲示板を見て、相当なショックを受けて帰ってきた。それから二週間後、入院していた私の父が亡くなり、私は世界で一番不幸な人間のように自分のことを思った。それでも、「もう1年、北予備に通わせて下さい」という息子に、私も夫も覚悟を決めた。
 北予備2年目、1年目と同じように休まず通学する息子。アシスタントもさせてもらい、帰りの掃除のために帰宅は30分以上遅くなった。息子は自ら積極的に先生方に質問に行き、次回までの宿題まで出してもらうようになっていた。息子は先生方との会話の中に自分に足りない何かを探し出そうとしているようだった。そんな日々の中で、宮崎校のスタッフの方々の笑顔と声かけが息子にどれほど力をくれたことか。北予備宮崎校に息子をあずけて良かったと思う。
 2年間、受験への強い気持ちがとぎれなかったのは、息子に関わって下さった北予備の方々すべてのおかげである。本当にありがとうございました。そして、2年間で人としてもたくましく成長してくれた息子、頑張ってくれてありがとう。もうすぐ父の一周忌がくる。今、私は世界で一番幸せな人間だ。

 

九州大学(医―医)合格 S・F君(宮崎・宮崎西高校卒)のお母さん
 
「1学期で高校3年間の勉強量を超えた」と息子

 昨年の4月に北九州に息子を送って行きました。中村寮長から入寮に当たってのお話を聞き、背筋がピンと伸びたように感じました。実は、入寮前日には、小倉に来ていたのです。親子で、入寮1日目だと混雑するので、2日目にしようと勝手に決めたのです。それに、これから1年間は絶対離れるのだから、せめて、1日楽しく過ごそうと考えたのです。甘い考えは母の私にありました。
 寮長から「どうして、1日目に入寮しなかったのか、心構えができていない」と。不合格になったけれど北予備に行くから大丈夫、何の根拠も無いのに思っていました。我が家の近所には、北予備OBの子供さんがいます。皆さんは、頑張って結果を残されたのに、私自身、喝を入れて頂いたと思いました。
 息子を寮に残し、乗ったタクシーに「小倉駅まで」の言葉が涙で言えませんでした。寮と校舎に「胸を張って故郷へ帰ろう」との言葉が掲げられています。
 その日が来るのを信じていました。毎月のお便りで、息子の学習状況や寮での様子も良くわかり、食事もバランス良く考えられており、とても安心できました。後に息子が、1学期で高校3年間の勉強量を超えたと言っていました。同じ目標を持つ多くの仲間と出会い切磋琢磨して頑張れた事、受験は団体戦とよく言いますが、今ほどそれを感じずにはいられませんでした。親は何にもできません。全て北予備にお願いするしかありませんでした。
 合格発表の朝、3時に目が覚め10時の合格発表がとても長く感じられました。弟と一緒に大学の掲示板で確認しました。思わず万歳と手を上げ涙がこぼれてきました。お世話になった先生方、Tチューター、寮長ご夫妻、1組、大志寮のみなさん、本当にありがとうございました。

 

宮崎大学(医―医)推薦合格 A・H君(宮崎・宮崎大宮高校卒)のお母さん
 
息子は毎日毎日、愚痴もこぼさず頑張った。北予備マジック!

 祝合格の帯が、所狭しと貼ってあり、みんな受かったんだなあ。うれしいだろうなあ、と北予備の入学手続きの説明を聞きながら、思っていたのを思い出します。あれから、1年。自分の息子の名前が書かれた帯を見ることができ、本当によかったという安堵の思いと、ここまで導いてくださった北予備の先生方をはじめ、励ましてくださった全ての方々へ感謝の気持ちでいっぱいになります。
 市民プラザでの入学式以来、北予備が休みになった日以外、毎日朝から夜十時まで本当によくがんばりました。息子のがんばりにこちらの方が励まされていました。
 思えば、私の生活も一変した1年でした。土、日の朝もお弁当作り、しかも、土日は下の娘の遠征があり、普段よりも早く起きて弁当作り。夜は、日曜以外は十時すぎの帰宅を待ち、夕食・入浴・洗たく、そうこうしているうちに寝るのが2時3時となってしまっていました。振り返ると、大変な1年ではありましたが、息子のがんばりに比べれば、このくらいは大丈夫と思え、乗り切ることができました。きついなと思うときは、北予備からいただいた息子のがんばる写真をみて、よし、がんばろうと思ったものです。
 ここまで息子が、がんばれた陰に、北予備の先生方のどのような励ましがあったのだろうと、いつも不思議に思っていました。息子は、何かしらのマジックにかかったかのように、1日も休まず、朝から夜遅くまで、勉強していました。毎日毎日、勉強勉強でつらいだろうに、愚痴もこぼさず、がんばっていました。北予備にどれほどの魅力があったのでしょう。おかげで今、合格通知を手にすることができ、新たな道に向かうことができました。
 この1年は、今後息子に訪れるだろう試練に、逃げず、立ち向かえる力もつけていただいたように思います。充実した一年を本当にありがとうございました。

 

大阪大学(薬―薬)合格 I・T君(宮崎・宮崎大宮高校卒)のお母さん
 
北予備で㋝が約100点アップの820点になり驚きました

 1年前のこの時期、すべりどめに受けて、合格していた大学の手続きをしようと書類に必要事項を記入していました。早めに仕事を切り上げて、入学金の支払いをしようと考えていた日。突然、職場に息子から電話がかかってきました。
 「お母さん、やっぱりもう1年がんばりたいと思う。北予備に行かせてほしい」
 高校時代は、図書館で、毎日こつこつとがんばっていた姿があったので、受かった大学で新しいキャンパスライフを楽しんでほしい、と考えていたのは私だけでした。
 「本当にいいの?浪人したらまた、勉強勉強の生活になるんだよ」と話しましたが、本人の北予備に行く、という決意はとても固かったです。
 北予備のすばらしいところは、とてもたくさんありました。中でも自習時間の管理徹底はとてもよかったです。寮の宿泊体験にも参加させていただきましたが、決められた時間に皆一斉に集中して取り組み、夜は早目に寝るというシステム。基本的な生活習慣を身につけることができました。
 また、たくさんの友達もできました。日々生活を共にしている仲間と共に受験を戦う、という姿勢はとても心強かったと思います。
 毎月1回届く、北予備からの通信も楽しみにしていました。Tチューターからも毎回、返信の言葉が書かれており、お忙しい中で、1人1人の生徒を温かいまなざしで見てくださっているなあと感心しました。写真が同封されている月もあり、様子がよく分かり安心しました。
 現役時代は728点だったセンターの点数が、ご指導のおかげで、820点になり驚きました。
 「努力は実る」の言葉どおりでした。
 最後になりましたが、大志寮で毎日の生活を支えてくださった、中村寮長様、本当にお世話になりました。徳永チューター様、本当にありがとうございました。

 

宮崎大学(医―医)推薦合格 T・Y君(宮崎・宮崎大宮高校卒)のお母さん
 
自分に合わないと大学を辞め再受験。夢を実現!

 我が子が浪人することになり、予備校を探したのが、昨年の3月でした。北九州予備校がよいと評判を聞き、早速お電話しました。ありがたいことに、宮崎校があると分かり、入学のお願いをしました。一度大学に入学して自分に合わないとやめて帰ってきましたので、本人も保護者である私も、入学試験に必要な学力が残っているのか皆目分からず、不安な中での決断でした。
 ところが、北予備に入学して、勉強させていただくうちに、苦手だった国語が上がり、他の教科も力を付けている様子が見えてきました。
 それに従って、本人の意欲が出てきて、希望も高校の教師になり、数学を教えたいと高まりました。志望校が明確になりましたが、とても難しいのではないか、センター試験で点数を取れるのかと悩み、チューターの先生との面談で相談しました。データをもとにしたていねいで親切な御指導をありがたく思いました。
 センター試験と入学試験は祈るような気持ちでしたが、「努力は実る」という北予備のことばを信じるばかりでした。
 合格したときに、本人が予備校に入るときの不安だった気持ちを話してくれたとき、北予備への感謝があふれてきました。
 これから北九州予備校に入学される保護者の皆様と学生様に、ぜひお伝えしたいのですが、北九州予備校は、学力を最高に引き上げてくださる学校です。先生方を信じて、夢を追い求めてください。決してあきらめず、先生方とよく相談して、自分の道を決めてください。
 遠回りした私の子どもに、すばらしい結果を与えてくださり、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

広島大学(教育―数理系)合格 Y・T君(宮崎・日向学院高校卒)のお父さん