2014「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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亡き父と同じ教職の道を息子は進めます

 ある日、子どもから1年間北予備で頑張らせて欲しいという言葉を聞き、その時私は大変驚きました。まさか浪人してまで、希望の大学に行きたかったとは予想もしていなかったからです。
 父親は、子どもが小学校4年生の時に病気で他界しました。父親が中学校の教員だったせいか、小さい頃から子どもは、「父さんと同じように学校の先生になりたい」とよく話していました。しかし受験では希望していなかった大学しか合格できなかったので、教員の夢は消えてしまったと思っていました。
 私は、浪人・予備校について考えても判断できず、亡き夫の姉に相談してみました。姉にも子どもがおり、姉の子どもも志望校に入学できず、今でも後悔している事を打ち明けてくれました。姉から人生のうちのほんの数年間、予備校で悔いの残らないようできる限り勉強をさせてあげた方が良いのではと言われたので、子どもを北予備に入学させることに決めました。
 朝6時30分の列車に乗り、夜11時の列車で帰宅する生活が始まりました。かなりきつい状況でしたので、正直この先続かないのではと思っていました。
 北予備では、朝の開門激励を行っていて、子どもはそれに間に合うように登校していました。それを聞くことで、受験で失敗した時の悔しい思いや、また何よりもやる気が出てくるからとの理由で、朝早く登校していたようです。
 それからあっという間の1年間でした。
 この1年間通い続けることができたのも、ひとえに諸先生方のおかげだと深く感謝しております。毎日朝早くから夜遅くまで子どものご指導に携わって頂き、本当にありがとうございました。1年前までは無理だと一時は諦めていた志望の大学に合格できました。今となっては、北予備に通わせて正解だったとつくづく思っています。ありがとうございました。

 

千葉大学(教育―小学校教員養成)合格 K・M君(大分・竹田高校卒)のお母さん
 
30年前、私の弟が北予備+寮ですごく伸びたので迷わず息子を寮に

 昨年の3月に息子の浪人が決定した時は、「北予備の寮に入れよう」とすぐに決めました。そう考えたのには訳があります。
 今から30年ほど前に、私の弟が北予備のお世話になりました。弟は高校時代はあまり勉強熱心でなく、成績も伸び悩んでいました。当時は大分県に大きな予備校がなく、小倉にある北予備に行くこととなり、寮に入りました。春から夏にかけ、北予備から毎月送られてくる弟の模試の点数が着実に上昇していくのに驚き、面会に行った際にどんな勉強の仕方をしているのか弟に尋ねました。すると、特に変わったことをしているわけではなく、復習と予習を中心に地道に勉強しているだけだと言うのでした。ただ、北予備から帰ってきてから、寮で集中して学習に取り組めるようなシステムになっているとのことでした。弟は北予備と寮で1年間がんばり、現役の頃からは考えられないほど成績を上昇させ、みごと第一志望校に合格しました。そのことがあったので、迷わず北予備に息子を預けようと決めたのでした。
 息子が寮に入って1ヵ月ほど経ったときに、寮生活の宿泊体験の機会を頂きました。生徒達と一緒に夕食を食べ、その後の食堂での自習にも参加しました。どの子も熱心に学習に取り組み私語などは全くありませんでした。その学習態度にとても感心しました。また、先生も来られていて、自分の学生時代の剣道部での体験を元に、小手先のテクニックに走るのではなく、地道に基礎的な練習の繰り返しこそが大きく力を伸ばすということを力強く話されました。この見学で北予備の寮生が大きく成績を伸ばす理由がわかりました。
 息子も北予備と寮で1年間お世話になり、驚くほど成績を上げ、第一志望の大学に合格することができました。北予備にやってよかったと思うとともに、御指導頂いた先生方や寮長さんにたいへん感謝をしています。ありがとうございました。

 

大分大学(医―医)AO合格 K・U君(大分・佐伯鶴城高校卒)のお父さん
 
医学部を目指す息子の浪人が決まりFelixに即決

 私立医大を目指す息子の浪人が決まった時、予備校はFelixと即決しました。中学高校時代、勉強から逃避し遊び回っていた息子が初めて親元から離れるのに、寮則がしっかりしている北予備の寮以外ないと考えたからです。また、大学受験の中でも私立医大は特殊で、医学部専門予備校でないと正確な情報を持っていないことを実感していたからです。厳しいと評判の北予備に息子自身も合格した先輩からのアドバイスで、自ら入りたいと言ってきました。
 実際に入学し、生徒に「不合格体験記」「合格予定体験記」や日々の気持ちをぶつける寮生日誌を書かせる等、モチベーションをあげるための様々な取り組みを知り、非常によく練られていると感じました。
 テレビ等不要なものは一切ない、勉強するしかすることがないと本人が笑っていましたが、勉強することが「歯みがき」と同じくらい当然のことになったと言っていました。朝一番に登校し休日も自習する生活は、自宅にいた頃とは正に別人のようでした。この変身ぶりはやはり北予備の環境のお陰だと思います。「受験は団体戦だ」と言いますが、同じ志を持つ生徒が周りがするから自分もする空気を作る…この言葉の意味を実感させられました。
 お陰様で多浪覚悟で始めた浪人生活、半年で金沢医大AO入試に合格することができました。受験には運や縁もあると思いますが、当初予定していなかった金沢を勧めて下さったのは森田チューターでした。
 合格はFelixに預けていなければ、ありませんでした。精一杯努力した本人にとっても、そんな息子の背中を見ることができた私達親にとっても、北予備での日々は忘れ得ぬものになると思います。
 お世話になりました講師の先生方、Mチューター、寮母さん、皆様に御礼申し上げます。

 

金沢医科大学(医―医)AO合格 Y・N君(大分・大分東明高校卒)のお母さん
 
誰もが口をそろえて「北予備に行きなさい」と言いました

 息子の涙を見た時は思わず私も泣いてしまいました。1年前のセンター試験で全く点数が取れなかった時です。その後の私立の受験もことごとく失敗しました。最後の方になると本人はケロッとしていましたが、今思い返すと息子の精一杯の強がりだったのだと思います。
 予備校生になる事が決定的になった時点で、私の義父、知人達が口を揃えて「北予備に行きなさい」と言いました。他の予備校の名前は本当に1校も挙がりませんでした。息子もそれを受け止め、すぐに入寮の面接に行きました。
 小倉での予備校の生活に果たして息子は順応できるのか、最初は主人も私もとても心配していましたが、息子に会う度にしっかりとした話し方になり、勉強に対する強い意気込みも感じられました。息子の誕生日の5月に、朝急に思い立ち、主人と2人で講義終了時刻に合わせて息子に会いに行きました。同じ組のお友達と楽しそうにしている姿を見て安心しました。先生方、寮長寮母さん、お友達に支えて頂いているのだとうれしく思いました。
 今年の春、無事大分大学医学部AO入試に合格できました。この1年、息子は苦しかったと思います。公衆電話から、「合格したよ」と息子から連絡があった時、息子の声は途切れ途切れで泣いている様でした。私も電話口でまた泣いてしまいました。泣きながら息子に北予備に行って本当に良かったねと言いました。息子も同じ気持ちだったと思います。
 北予備に通わせて頂いたこの1年、長かった様で、あっという間の1年でした。息子にとっても私達にとっても貴重な時間だったと思います。本当にありがとうございました。

 

大分大学(医―医)AO合格 Y・S君(大分・大分東明高校卒)のお母さん
 
娘は「コツコツ努力が実る」と知り、人生に大きな心の拠り所を得た

 合格発表の後、昨年書いた娘の不合格体験記を読み直しながら、ここが原点だったのだとしみじみ感じました。1年前大分大学医学部AO入試の足切りで、現役としての娘の大学入試はあっけなく終わりました。もともと浪人するなら指導が厳しいと定評のある北予備にお願いしようとは考えていましたが、私自身がもう1年浪人生の娘を自宅で支えて行く自信が持てず、県外の寮に入れるつもりでした。しかし、北予備大分校での説明会で、「朝7時半に来て夜10時前まで勉強する生活なので家には帰って寝るだけです」と伺い、もう一度総力戦として家族で頑張ろうと決意しました。
 そして4月、入校式で聞いたお話は衝撃的で感動すら覚えました。中でも特に心に残ったお話は、「秋になっても成績が上がらず焦る時がありますが、心配いりませんから励ましてあげてください」。実際娘もその通りでしたが、今が辛抱の時だと、全くぶれませんでした。「朝の開門から夜最後まで自習室で勉強することができたら必ず結果が付いてきます」と言われた言葉をひたすら信じてポジティブに考えました。
 おそらく娘も同じだったと思います、明らかに意識と生活態度が変わりました。「今までこんなに勉強したことがない」と話す娘の姿を見て、人生の中で大切な時間を頂いたのだと手を合わせました。諸先生や大勢の仲間に支えられて充実した毎日を過ごす娘に対して、勉強のことで怒ったり不安になる必要が無く、母親としてはある意味本当に平穏な1年間でした。北予備でこつこつ努力は実ることを体感できたことは、今後の娘の人生にもきっと大きな自信と心の拠り所になると思います。
 最後になりましたが、お世話になった皆様に、どれだけお礼を言っても足りないくらい心から感謝申し上げます。

 

大分大学(医―医)AO合格 M・Mさん(大分・大分舞鶴高校卒)のお母さん