大阪大学合格編

 

北予備生の合格体験記

北予備生の合格体験記
フォーム
 
毎日の朝テストで全教科満遍なく力をつけ阪大にリベンジ
S・T君(宮崎・日南高校卒)

大阪大学(経済-経済・経営)合格
立命館大学(国際関係-国際関係)(経済-経済)合格
 
センター試験結果 750/950  818/950

 昨年不合格だった大阪大学に合格することができ、大きな達成感と安堵の気持ちでいっぱいです。昨年落ちていた分、1年越しの合格はとても素晴らしいものでした。
 浪人生活の日々を振り返ってみると、当時はつらいこともあったけれど、そのつらかった日々の一つ一つが合格につながっていたのだと思うといい思い出です。
 僕がこの1年間特に重視したのは、基礎基本を徹底することです。その中で、毎日の朝テストをしっかりこなすことで、センター試験の全教科において満遍なく力を付けることができ、センターでの点数を大きく伸ばすことができました。
 また、北予備では質の高い授業に加え、圧倒的な量の自習時間を確保できるので、一人ではさぼりがちになる自分にはとても合っていたように思います。今年から文転したのですが、全く勉強不足を感じることなく、去年よりも堂々として試験本番に臨むことができました。
 北予備の先生方の授業はとても分かりやすく、個性的で、時には楽しく、授業を受けることができました。午後の授業や夏期・冬期講習での授業は選択制で、自分の望む先生方の授業を受けることもできます。
 最後に、今年1年間自分に携わって頂いた多くの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。上野チューターを始めとするチューターの方々はとても優しく接して下さって、分からないことは教えて下さり、安心して勉強に励むことができました。また、一緒に受験を乗り越えてくれた友人たち、そして浪人することを許してくれた両親にはとても感謝しています。
 1年間北予備で浪人して良かったです。
 
胸を張って郷里に帰ろう
K・I君(大分・佐伯鶴城高校卒)
 
大阪大学(基礎工-情報科学)合格
東京理科大学(理工-情報科学)合格
立命館大学(情報理工)合格
 
センター試験結果 710/950  802/950

 「こいつに実力がないだけです」。昨年不合格を祖父母に伝えた際の父の言葉である。紡ぐ言葉を出せなかったことを覚えている。結果しか見ない父らしい一言であり、失望の色が見てとれた。これを逃せば次はない、そう決意させるものがそこにはあった。
 「やるといったらやる、やらんといったらやらん」。入寮初日に私が決めた縛りである。人間の最底辺として、親の脛を血だらけにして合格を目指すにあたり、設定した制限である。そして結局一つの例外もなく今日まで努力してきた。蛇足かもしれないが、北予備の柱「努力は実る」があたかも結果論であるかのように語られる、あるいはギャグのように使われる情勢に鑑み、ここで私なりの意見を述べさせてもらう。
 入学試験は高等教育への入り口であること、学習指導要領内に出題範囲が限られること、難問奇問を出しても多くの受験生は答案を作れないため大学側も配慮をする傾向が高いことから考えて、正統な手続きで相応の努力をすれば合格できない大学のほうが少ないと考えられる。これらの事柄の抽象化が「努力は実る」ならば素晴らしい予備校だと思うのである。閑話休題。少なくとも寮生で私よりストイックな人間はいなかっただろう。脆弱な志で大義を為せるはずがない、そう思っていた。
 「夢に1歩近づいた」。合格を知って最初に浮かんだ希望である。終わったとか嬉しいよりも、先に思い浮かんだ未来である。1年間の浪人生活がなければ、昨年合格していたならばたどり着けない境地であろう。つまるところ試験に出るとこだけやって無駄なことをしなかったから受かった。この一文に尽きる。胸を張って郷里に帰れることを誇りに感じ、大志を抱き、北予備生活を閉じることとする。止まっていた人生が、ようやく動き出した、今はそんな気分である。
 
どの教科でもオススメはMy復習ノートを作ること
T・M君(鹿児島・甲南高校卒)
 
大阪大学(工-応用理工)合格
早稲田大学(基幹理工-学系II)合格
慶應義塾大学(理工-学門4)合格
明治大学(理工-機械工)合格
青山学院大学(理工-機械創造工)合格
同志社大学(理工-エネルギー機械工)合格
 
センター試験結果 710/950  807/950
 
 第1志望の大阪大学工学部に合格することができ、ほんとにうれしく思います。試験が終わった後ほんとに落ちたと思ってました。うかることができたのは、いくつか失敗しても大丈夫なくらいの2次力がついてたからだと思います。
 私が北予備を選んだのは、自分は厳しい環境で勉強しないと、すぐなまけてしまうと思ったからです。でも入ってみると、自分が想像してたよりは厳しくなく、そうかといってゆるくもなく、最適の学習環境でした。
 私の勉強法は、はやいうちに1週間の学習計画を立て、毎週同じ計画で進めていくようにしました。計画通りにいかなかった分は、土日などを利用し、逆に時間が余ったときはリラックスの時間にあてたり、自分の好きな勉強をしたりしました。1日の最後の時間では、その日の復習や英単語を覚える時間にあてました。学習の中身としては、得意の理数は予習でできるだけ完璧にして、授業が復習になるようにし、苦手の国英は、暗記できるところはできるだけ暗記し、あとは講師の方々に教わったとおりの学習で、とくに復習を徹底しました。どの教科でもオススメできるのは、自分用の復習ノートを作ることです。小さめのノートに、まちがった問題の原因と解決法や、覚えなければならないことをまとめて、同じまちがいをしても、もう一度同じことを別の場所に書いていました。本番前は、復習の量を多めにして、全体の学習量はすこし少なめにして無理のないようにしました。本番では自分が1年間努力してきたことを思い出し、それを自信とし、今年は大丈夫と言いきかせました。
 最後に、この1年間私は色々な人に支えられていることを実感しました。北予備のチューターや講師の方々、親や友達には本当に感謝しています。この気持ちを忘れずにこれからも頑張っていくつもりです。本当にありがとうございました。
 
苦手の英・国は二人の先生の全てのVODを見まくって克服
永井 智之君(鹿児島・鶴丸高校卒)
 
大阪大学(工-電子情報工)合格
明治大学(理工-電気電子生命)合格
立命館大学(理工-電子情報工)合格
 
センター試験結果 695/950  814/950
 
 今日、ようやく浪人生活に終止符を打つことができた。沢山の人に支えられ、応援して頂き、本当に感謝でいっぱいだ。
 自分が第1志望である大阪大学に合格することができたのは、二つの要因があると思う。
 まず一つ目は、自分のお気に入りの先生を見つけ、その先生の教えに素直に従ってやっていったからである。でも1学期からは出来ていなかった。1学期はただ問題が解けた解けなかったということを気にしていただけで、先生方がおっしゃっていた問題ごとのポイントとなることを重要視していなかった。ポイントを重要視するようになったきっかけはわからないが、2学期はただ問題を解くのではなく、解く前にどうアプローチをするのが正しく効率的なのか考えるようにした。復習の時は自分のアプローチの仕方と先生のアプローチの仕方を比較し、足りなかったものは何かについて考えるようにした。そのためにも自分のお気に入りの先生を見つけ、その先生についていくことが大事だと思う。
 二つ目は、VOD を見まくったことです。VOD は自分の校舎には来ていない先生方の授業を見ることが出来て、自分のお気に入りの先生の授業をVODで受けまくった。自分は漢文の永松先生と英語の小池先生には大変お世話になった。センター前には永松先生の授業を1学期から冬期講習までほぼ全部見た。小池先生の授業は2学期から直前講習会までの間で、1年間の小池先生のVOD をほぼ全部見た。英語と国語は本当に苦手だったので、お二人の先生方のおかげで苦手を克服できた。本当にありがとうございます。
 最後になるが、この1年間、自分が受験勉強に力を入れて、無事合格を勝ちとれたのは、家族や友人、そして北予備鹿児島校の職員・講師の先生方の支えのおかげであった。感謝しても感謝しきれない。この感謝の念を忘れずに大学生活を謳歌したい。
 
北予備の持つ厳格な校風こそが合格の必須条件だった
 
K・O君(鹿児島・武岡台高校卒)
 
大阪大学(人間科学-人間科学)合格
明治大学(文-英米文)合格
 
センター試験結果 748/950  776/950

 ホームページで自分の番号を見つけたとき本当に嬉しかったです。昨年、E判定で合格は厳しいだろうと言われていた大学に、今年は学部は違えど無事に合格することができたのです。
 私は入学当初、ネット等でとかく、北予備は厳しいという書き込みを目にしていたため、北予備に通うのは少し怖くもありました。しかし素晴らしい先生方の授業を通じ、これまで全く知らなかったことを身につけることができました。単なる知識事項の確認にとどまらず、より深いところまで教えて下さり、勉強それ自体を面白く感じられるようになりました。厳しさゆえに強制されていると感じていた授業は、気づけば私の楽しみとなっていました。北予備の持つ厳格な校風こそが、合格の必須条件だったのだ、と今になって実感しています。
 そんな北予備の、予習・復習という絶対のルールは確実に守ろうと心に決め、予習は前日に、復習は当日中と1週間後、考査前にするようにしました。3回復習しても覚えていないところは、それに気付いたその日中に徹底して覚えこみました。
 私がしたことは北予備のルールに則っただけで、余分に何かしなくていいのかと不安になることもありましたが、気づくと、使用済みのノートが何十冊とあり、こんなにやっていたのかと誇らしく思えたし、大丈夫に違いないと感じました。模試の成績も上がっていき、A判定をとることもできました。しかし、センターでは思うように点を取ることができず、努力なんて実ってないじゃないかと本気でへこみましたが、北予備生の底力は2次試験で発揮されます。1年間かけて積み上げた2次力で合格をもぎ取ることができました。それまでの努力が本物なら、確実に努力は実るのです。それを支えてくれた先生方、俣木チューター、そして家族に心から感謝しています。
 
合格手帳に毎日の起床時間・自習内容・心境を書き続けた
Y・Iさん(沖縄・昭和薬科大附属高校卒)
 
大阪大学(人間科学-人間科学)合格
立命館大学(政策科学-政策科学)合格

センター試験結果 664/950  803/950
 
 合格するまでは、合格したらやっと北予備の生活から解放される喜びを感じるだろうと思っていましたが、実際は思っていた以上に多くの人々に、思っていた以上のリアクションで喜んでもらえたので、温かい気持ちでいっぱいです。自分は色々な人々に応援されていたんだと改めて感じたし、それに応えられてよかったと心から思います。
 私には自分流の勉強法は特にありません。ただ、北予備が言うとおりに苦手科目を中心に復習とVOD 視聴を何度も行いました。後悔しない様にやれる事は全てやったつもりです。私がこの1年でやってよかったと思う事は、北予備からもらう合格手帳にほとんど毎日、起きた時間と自習内容とその日の心境を書くことです。初めは、自分の生活、学習、精神面を管理するためにしていましたが、後半戦になると、それまでの自分の努力の軌跡が精神安定剤になりました。試験前はそれを見て、1年間これだけ勉強してきたんだから大丈夫と思えました。精神面の弱い私にはとても役立ちました。合格するためには、自信が必要だと思います。
 北予備での1年間を振り返ると、当たり前ですが、楽しかった時よりもきつかった時の方が多いです。そんな日々を乗り越えられたのは、友達のおかげです。本当にありがとう。また、多くの先生方にもお世話になりました。たまに厳しい事も言われましたが、その分ほめてもらえた時は嬉しかったです。質問に親切に答えてくださった先生方や丁寧に添削して下さった先生方に心から感謝します。
 そして何より家族に感謝します。こんな私の浪人したいというわがままな願いを受け入れてくれ、応援、協力してくれてありがとうございました。いつかちゃんと親孝行します。
 
去年の私は北予備生に勝てるわけがなかった
N・Tさん(沖縄・開邦高校卒)
 
大阪大学(工-環境・エネルギー工)合格

センター試験結果 624/950  767/950
 
 夢を見ているみたいだ。まだ実感もないが一緒に番号を見た両親の涙と「1年間よくがんばったな、ありがとう。こんな幸せは渚が生まれた時以来だ」という言葉が、私の合格の証だ。1年間、頑張って本当によかった。
 北予備に通い初めたとき私は、こんなに勉強している人たちと、去年の私が戦って勝てるわけなかったんだ、と思った。今年は負けたくないと思った。私は毎日北予備へ行き、毎日朝から最終時限まで残った。そして家に帰ってもできるだけ机に向かった。自分に妥協だけはしたくない、と事ある毎に思った。
 私の合格が決まり、私は母や父をはじめ、祖母や祖父、いとこたちや母の職場の人たち、そしてもちろんチューターや先生方、そして一緒に学んだ高校の友だちや北予備の友人たちが喜んでくれた。今まで机に向かっていて気がつかなかったが、私の周りには多くの人がいて、私を見守ってくれていたのだということに気がついた。父の「皆を幸せにしてくれてありがとう」といわれ、涙が止まらなかった。合格が、こんなものだとは想像できなかった。余裕で想像以上の喜びを私にあたえてくれた。この気持ちがあれば、大学でも頑張れると思う。
 私が今一番合格通知を見せたいのは奥先生だ。夏休みまでは先生の授業がある曜日になる毎に、授業が苦しくて昼食も喉を通らなかったし、物理ができない自分にいらだっていた。先生だったから物理を頑張れたし、物理が面白くなったし、そもそも先生の授業がなかったら私の合格はなかったと断言できる。感謝してもしきれない。1年間、先生の授業に出つづけてよかった。
 私は今、心から「努力は実る」と言える。自分がこんなに誇らしいのは、初めてだ。1年間支えてくれた両親、天野事務長、チューター、事務の方々、そしてはるばる沖縄まで毎週来てくださった先生方、本当にありがとうございました。
2