2015「北予備に預けて」

 
 
母さんお願い!北予備で浪人させて
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「厳しくない。授業がよくわかるから楽しい」と息子

今日、志望大学からの合格通知が手元に届きました。本当に合格できた喜びと共に、北予備の先生方に感謝の思いで一杯です。この1年、北予備を信じて、言う通りにして本当に良かったと思っています。
 入学式で、校長先生と事務長さんが、「とにかく登校をさせて下さい」という事を強くおっしゃっていました。また、ゴールデンウィークの前には「ゴールデンウィークも平日と同じ様に授業があります。普段通りに登校させてください」という旨のメールが届きました。その通りに、祝日も夏休みも普段通りに息子を北予備に送り出しました。送り出せば、あとは息子が北予備で頑張ってくれる。そして、先生方が何とかしてくれる。そう思い、毎日弁当と水筒と小腹用のパンを持たせて送り出しました。北予備での生活の充実ぶりは、帰宅後の息子の姿を見てもよくわかります。息子は、「北予備は厳しいって聞くけど、そんな事はない。むしろ授業がよくわかるから楽しい」といつも言っていました。
 北予備では、進路についても手厚く指導していただき、息子は自分で志望校と受験スケジュールを決めていました。まず防衛大を受験して、センター試験と二次試験の間に少し難しい私大の受験も入れていました。防衛大の二次試験の前には面接の指導もして下さり、お陰様で防衛大にも合格することができました。この合格が、後に続く試験に対して大きな心のゆとりとなりました。
 振り返ると順調であった1年だとは思いますが、やはり後半は苦しい時期もありました。そんな時に毎月届くお便りや、親の心を知り尽くしていると思われるようなタイムリーに届く北予備からのメールに本当に励まされました。また、面談の時の担任チューターの明るい笑顔に元気をいただきました。
 北予備の皆さんに支えられて、私達親子は合格の喜びを味わうことができたと思い、本当に感謝いたします。お世話になりました。

 

佐賀大学(農―生物環境)合格 T.H君(福岡・新宮高校卒)のお母さん
 
子供に予備校を選ばせて良かった。嬉しい体験ができました

この度第一志望校に合格し、嬉しさを実感しながら新生活の準備をする中、これを書いています。
 昨年の受験では不本意な結果となり、本人が北九州予備校に1年間だけ行かせて欲しいと相談してきました。厳しい環境でないと自分に甘えが出てしまうと、自分の性格をふまえての選択でしたので、両親とも納得し、入校に加えて入寮の手続きをしました。
 いざ通い始めると、どのように生活しているのか把握できないと思っていた所、毎月封書が届きました。北予備や寮での学習態度の評価、登下校のタイムカード、模試の成績表など、子供の生活の様子がわかります。
 学校に加え、寮でも学習時間が設けてあります。常に受験環境が整っており、それが当たり前だと思える生活が、うちの子供には必要だったと考えています。その生活を送る中で、継続する確たる気持ちを鍛え、同じ境遇の友人と共に競い、励まし合う心を鍛えていけたのだと思います。
 「友達もでき、寮生活も楽しいよ」と本人が言ってましたので、気持ちも落ち着いて生活出来ているようでした。
 模試の結果には一喜一憂していました。判定もその都度変わるので実態がつかめません。しかし三者面談では実情をふまえて親切に相談にのって頂き、大変参考になりました。
 センター試験では模試以上の成績が取れたので、本人も周囲も驚きでした。私もとても嬉しかったです。本人の努力に加え、それを全力でバックアップして下さった北九州予備校の皆様のおかげだと実感しております。
 子供に予備校を選ばせて良かった。北九州予備校のおかげで、両親もこんなに嬉しい体験ができました。皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。有難うございました。

 

京都大学(経済―経済経営)合格 S.I君(福岡・修猷館高校卒)のお母さん
 
1浪目から北予備を推したが、息子は断固拒否!!

長かった浪人生活が担任チューターのひと言でやっと終われた、そんな気がしています。
 親は1浪目から北予備推しでしたが、子は断固拒否。そして失敗を重ねての入校。他校との大きな違いは、受験指導が大変ていねいだったことです。
 最初の三者面談では、息子の考えの甘さや欠点をはっきり言われ、信頼できると感じました。面談回数は多く安心につながりました。
 受験校選びに際しては、他校は、情報を与えられて「最終的には個人の問題です」とばかりに丸投げされる印象。ところが北予備はていねいで具体的。子の状況や資質を考えた明快な提案をしてくれました。
 「難問にへこむとは思うが、馴らし受験のつもりで産業医大を」との担任チューターの言葉。そこはかえって合格の可能性は低いだろうと我々の念頭にはなかった学校。国立専念のつもりでしたが、センター試験後に思い直して慌しく出願。そして、手応え感じた国立前期で、まさかの失敗。産業医大からは面接試験の知らせ。後期日程出願校より産業医大を選びました。息子が医学生になれたきっかけは担任チューターの提案だと、私どもは思っています。
 北予備と言えば「厳しい、かんじがらめ」のイメージ。でも入ってみると「あたりまえのルールばかり」と思ったそうです。それは寮生活にもいえること。
 通学可能ですが寮に入れました。親は受験生への気遣いから解放されました。子はより規則正しく、時間を大切に使う日々。でも、日曜には寮対抗のサッカーに興じたりもしていました。しっかりと生活管理をしてもらう中で、明るくのびのびと、実に楽しげな寮生活にみえました。
 とても優秀で尊敬できる講師がいると申してもおりました。そんなスタッフをそろえ、合格につながる道をつくって下さった北予備。厳しく、ていねいなご指導ありがとうございます。子も親も、ようやく先へ進めます。

 

産業医科大学(医―医)合格 R.Y君(福岡・福岡高校卒)のお母さん
 
奇跡の国立大医学部合格は北予備以外ではありえません

娘の合格番号を見つけた時、何かの間違いだと思った。この1年、丁寧に努力したのは知っていたものの、高校時代、あんなにも怠惰だった彼女が国立大学医学部合格を手にできるとは思えなかった。
 娘は本当に怠惰であった。夜ふかし、遅起きがモットーで、学校の朝課外はほぼサボり。そんな生活を続け、定期テストでは赤点ばかりだった。ついに、高2のとき、学年でただ1人、留年テストにひっかかるも、軽うじて合格し、安心したのか、高3になっても勉強はしなかった。もちろん、高3の時の成績もひどいもので、全国模試の偏差値は常に50未満であった。それでも、プライドだけは高く、最後のプライドをかけて、高3の冬から勉強し、九大を受けるも、当然不合格。受験後も反抗的で手に負えず。北予備の寮にあずけることを決意した。
 浪人する際に、私達が、成績について1年口出しをしない交換条件として、毎日1〜100までの数字を100マスに書き、その紙の裏面に1言のメッセージを書き、週1でポストに投函するということを出していたのだが、しっかりと1年間彼女は守ってくれた。その他にも毎月届く、チューターや寮長からのメッセージも北予備が娘の状態をよく把握してくれているのがわかり、安心してまかせることができた。
 秋頃に成績が急降下し、娘も気が気でなかったのか、度々電話をかけてきて、さすがに私達も不安になり、担任チューターに相談した。親身に相談にのってくださり、最終的には突然の寮宿泊を寮長に許可していただいた。寮宿泊を境として、不安を振りきり、前向きになったので、今となっては良かったと思っている。
 合格するこの日まで、色々なことをサポートして下さった寮長、寮母、チューター、職員の皆様。ありがとうございました。奇跡の合格は北予備以外ではありえませんでした。

島根大学(医―医)合格 R.Hさん(福岡・筑紫丘高校卒)のお母さん
 
校長先生方から最後まで一生懸命に面接指導をして頂き、合格!

「医学部に入りたい」。
 そんな思いを胸にスタートした娘の北予備生活。春から夏にかけては授業・自習に積極的に取り組み、次の日の予習が終わるまではと、毎日遅くまで勉強に励んでいました。それに伴い成績は徐々に伸び、親の方もなんとなくのんきに構えていました。しかし、志望校を確定していく時期に「本当に行きたい大学」という意味で、うまく進路が固まらずに秋を迎えることになりました。
 それからの娘は以前の明るさや元気が少しずつ減り、やらなくてはいけないと分かっていてもどこか気持ちが集中できないようでした。元気な時はいくらでも掛ける言葉はあるのに、こんな時、親はどんな言葉を掛ければいいのか。娘を見守りつつも、このままではいけないと、子どもの進路について私もやっと真剣に考えるようになりました。
 そんな中、娘が出会ったのが自治医科大学でした。志望理由書を書くために、パンフレットやホームページで大学について詳しく調べていくうちに、「自分の行きたい道、やりたかった医療はこれだ」と、強く感じたようでした。それからの娘は、春の頃のようにエンジンがかかり、ものすごい勢いで自治医科大の筆記・面接・小論文の準備に取り組みました。そして、運よく一次試験に合格。次の二次試験受験のため栃木に行く飛行機の中では、地域医療について一緒に話し合い、宿泊先では夜中まで何度も面接の練習をして、次の日の本番ぎりぎりまで必死で備えました。
 娘は私に、講師の先生方の授業がどんなにおもしろいか、チューターの先生がどんなに優しく温かいか、校長先生方が最後まで面接をどれ程一生懸命教えてくれたか、いつも話してくれていました。合格を思いがけず早く頂けた娘は、今、共に頑張ったたくさんのテキストやノートに目を通しながら片づけています。
 短くて長いこの大事な1年を、支えて下さった先生方に心より感謝申し上げます。

 

自治医科大学(医―医)合格 M.Hさん(福岡・筑紫丘高校卒)のお母さん